2時限目と3時限目の休み時間。昼休みまであと2時間も授業があることに溜め息を吐(つ)きながら、わたしはお腹が鳴らないようにするのに必死だった。今朝からまだ、なにも食べてない。


「おなか減った」


ぽつり、誰ともなく呟いたつもりだった。ガヤガヤとうるさい教室内では、わたしの声なんてすぐに掻き消されてしまうから。でもわたしの前に座る颯(はやて)は、そんな小さな声でも聞こえていたらしく。「プリッツいるー?」なんて、振り向きながら呑気な声で聞いてきたりする。颯の手元にはプリッツバター味。なんということだ。わたしの大好物じゃないか。


「い、り、ま、せ、ん」


だけど、わたしは丁重にお断りした。鼻先にただよってくるプリッツバター味のかぐわしい香りに、口の中に唾がたまってくるのを感じながらも。そして鳴りそうなおなかの音をどうにか鳴らすまいと、背筋を伸ばしてがまんしながら。


「腹減ってたんじゃねぇの?」


そんなわたしの様子に、颯はわたしの顔の横でシャカシャカとプリッツバター味の箱を振りながら言う。ううぅ、誘惑すんな。ごくりと唾を飲み込みながら、わたしは首を振った。

ちなみに今、わたしがどちらを向いているかというと。隣に座る勉(つとむ)の方に身体ごと向いて、なるべくプリッツバター味を視界に入れないようにしている。それでも視界には黄色い箱がチラチラと入ってきて、なんとなくだけど、颯がその向こうでにやついているのも想像できる。「ほらほら、宮子の好きなプリッツバター味だぞ」なんて、そんな笑みを浮かべているはずだ。


「井上、駄目だよ」


そんな中で突然、わたしの目の前で穏やかに読書をしていた勉が顔を上げた。なんと珍しい。いつもは完全放置プレイをかましてくる勉くんが、今日はわたしに助け舟を差し出そうとしている。


「宮子は絶賛ダイエット中なんだからね」

「…………」


いや、助け舟どころか、差し出したのは破壊力抜群の爆弾だった。それを聞いた颯は、わたしの様子と勉の言葉を照らし合わせて、余計にプリッツバター味でわたしを誘惑し落とそうとしてくる。


「あーそうなんだ。くくっ……宮子、やっぱりプリッツいる?」

「だれが食べるか!」


あぁ、こいつにだけは知られたくなかったのに。知られたらどうなるかなんて、容易に想像できていたのだから。勉にだってそれはわかっていたはずで、そして固く口止めをしておいたはずだった。それにも拘わらず勉のやつ……!


「つとむくーん。それは言わない約束だったんじゃないかなぁ」


だから、にこにこと微笑みながら嫌味をたっぷりと詰め込んで勉に文句を言ってやる。ねちねちと粘っこく、女子特有の纏わり付くような声色で。

しかし勉は既に、


「宮子、こいつもう自分の世界に入ってんぞ。な、つとむ」

「……………」


そう、難しそうなタイトルの本の世界に、ダイブしているのだった。身体をびくりとも動かしゃしない。わたしの嫌味なんて、勉の耳には入っていたしても、するりと右から左に通り抜けてしまってるんだと思う。こうなってしまえば勉は、授業が始まるまで浮世から離れた人間になる。


「残念だったなぁ、でもほらプリッツやるから。な、食え」


わたしの目の前にプリッツバター味が差し出される。颯はわたしの弱みが握れたのがよほど嬉しいのか、嬉々とした声色で先程よりもしつこくプリッツを進めてくる。その言葉に馬鹿にしたような響きも含まれていて、わたしのはらわたは……、



ぐぅ。


「あ゛」

「くくっ」

「………」


思いの外おおきな音をたてて、周囲に響き渡るのだった。





腹が減っては軍(いくさ)はできぬ、ってか?




20110916



by 翠子 [ text home ]