思い出と現実のあいだで彼は笑う (小湊亮介)


私は学生の頃の想い出を胸に今日も生きている。というよりは、いつまで経っても忘れられないのだ。高校時代の同級生である小湊くんのことが。

彼、──小湊くんは野球部員だった。毎日毎日、野球に明け暮れて朝から晩まできっとずっと野球ばかりしていた。教室でも同じ野球部員の人たちと休み時間の度に野球の話をしていて。野球が大好きな人なんだな、というのが私の彼に対する第一印象だった。

そんな彼に対する印象が変わったのは梅雨もそろそろ明けるかという頃。夏の少し前だった。席替えで隣の席になった小湊くんは、それまでほとんど喋ったことのなかった私に対して「よろしく」と言って微笑んだ。

それからの日々はあっという間だった。朝、教室に入ると小湊くんが「おはよ」と挨拶をしてくれて、授業中には「今の説明分かった?」なんてコソコソ話をして、休み時間には「俺、次当てられそうなんだけどちょっと確かめさせてもらってもいい?」と二人で一つのノートを覗き込んで、そして放課後には「じゃあまた明日」と手を振ってくれて。

たったそれだけ。それだけだけど、彼の隣の席はとてもとても楽しくて、彼の新たな一面を知る度に嬉しかった。

だから、「試合観に来るの?」と聞かれた時には食い気味に、もちろん! と答えてしまったのだけれど、楽しそうに笑う彼を見た私の胸はきゅっと締めつけられた。

その後は小湊くんが部活を引退して、また席替えをしたから席が離れてしまった。それでもそれまでと変わらずに彼は挨拶をしてくれたし手を振って話してくれた。胸が締めつけられる理由はなんとなく分かっていたけれど、それは自分の胸の中だけで留めておいた。

これからはこうして気軽には会えないから、伝える勇気もないから。きっといつかは消えるのだろうと思っていたから。

だけどそれは高校を卒業しても、何年経ってもずっと私の中にあった。夢の中では小湊くんと楽しく学校生活を送っていたし、デートも何度かしていた。夢の中でも高校生の頃と変わらない笑顔の彼がやっぱり好きだった。消えないで残っているどころか、会えないことで更に彼への想いが積もった。

私が失敗したら「あはは、意外とドジだよね」と笑ってくれて、諦めようとしたら「君ってもっとやれるもんだと思ってた」と奮起させてくれて、張り切りすぎていたら「ちゃんと休憩もしてるの?」と息抜きに付き合ってくれて、無事終わると「エラい! 頑張ったじゃん」と褒めてくれて。

何かある度に高校生の頃の彼を思い出しては元気をもらってやる気ももらった。夢の中の彼にときめいた。

こんなこと言われても小湊くんは困るだけかもしれないけれど、たくさん助けられたし、やっぱりどうしても忘れられないんだ。


そう伝えたら、彼はいったいどんな表情をするのだろうか。
そんな疑問を抱きながら参加した同窓会で、成長した彼の姿を想像しながら辺りを見回す。すると短く切り揃えられたピンク色の髪をした後ろ姿が見えた。

長年募った想いとはなんとも分かりやすいもので。前とは違った髪型になっていたとしても、あれが小湊くんだと何故か確信を持てる。深呼吸を一つしてから、その後ろ姿へと恐る恐る声を掛けた。

「……あの、小湊くん?」

名前を呼ばれたその人はこちらに振り向き、そして目が合った。

「そうだけど……ってなんだお前か。久々じゃん」

久しぶり。元気だった? そっちこそ。なんてありきたりなやり取りをしてみたりして。擽ったいけれど昔みたいに話せていることがものすごく嬉しい。

「髪、切ったんだね」
「あぁ、うん。大学入ってからね。で、そっちは伸ばしてるんだ?」
「え? 私?」
「もしかして切りに行ってないだけだった?」
「違うよ……! 伸ばしてるの!」
「なんだ、やっぱりそうなんだ」

あははと彼が笑う。昔と変わらないその笑顔に胸がやっぱり締め付けられて、目が離せなくなる。だけど私がじっと見ていたからなのか、彼の方が目を逸らした。

「なんでそんなに俺のこと見てるの?」
「小湊くんが夢の中と同じ笑顔だなぁって思って」
「……夢?」

それは不意に口から零れ落ちた言葉。言うつもりなんてなかった言葉。未だに何度も貴方が夢に出てきています、なんて突然言われたところで流石の小湊くんでもやっぱり困ってしまうに決まっている。

「……いや、あの……、この間小湊くんが夢に出てきて……」
「へ〜、それってどんな夢?」
「この間のは、えっと……」
「この間の“は”ってことは他にも出てきたことあるんだ?」
「それは……」

楽しそうな彼に顔を覗き込まれる。そういえばこうして揶揄われたことも何度もあったなと呑気に思い出す。だけどそうしている間にも近付いてくる彼の顔に、思考がパンクしそうになってどうにか言葉を紡ぎ出す。

「いつも、夢の中の小湊くんに助けられてたから」

そう言えば、一瞬だけ彼の動きが止まったように見えた。それから、思いもよらなかった言葉を発した。

「それなら本当の俺がいつでも助けてあげるけど?」

せっかく連絡先知ってるんだしさ、と溜息をついて笑う彼はスマホを取り出すと少し操作をしてからこちらに向けた。

「昔のままであってるよね?」
「うん」

見せられたのは私のプロフィール画面。なんでもいいかと彼が呟くと私のスマホが震えた。取り出したスマホには『小湊亮介』の文字とスタンプが送信されましたという文面。

小湊くんを見たら、それ俺だからとにっこり笑われた。
ロックを解除して彼とのメッセージ画面を開くと、昔のやり取りに並んで大きなハートのスタンプが送られてきていた。私はそのスタンプを見てから彼をもう一度見て首を傾げる。

「なんでこのスタンプ?」
「なんのこと?」

ふふっと笑う小湊くんの笑顔にはやっぱり胸が締め付けられる。だけど思い出の何倍も嬉しいものだと改めて知った。

抑え込めてはいないこの想いは、小湊くんにはもうバレバレなのかもしれない。そんなことを考えながら熱くなった顔に構うことも出来ずに、小さなハートがたくさんあるスタンプを送り返しておいた。



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