はじめてのチュウ (倉持洋一)


「……あー、クソ。眠れねぇ」

先程までは暖かかった部屋も、消灯と共に暖房も消したもんだからいつの間にかすっかり空気は澄んでいる。息を吸って肺へと取り込んだ空気は、ぬるくも冷たくもなくちょうどいい。

だから眠れねぇのはこの空気のせいでもなんでもなく、アイツのせいなんだ。

アイツとはさっき別れたばっかりだっていうのにもう振り回されてるなんてな。いや、さっき別れたばかりだからこそ、なのかもしれねぇけど。
そんなことを一人で考えてみては、ふっと笑みが零れた。

**

今日の練習終わりに彼女を家まで送って行った。
辺りはもう真っ暗だというのに、「倉持くんは練習で疲れてるでしょ。一人で帰れるよ」って笑うから。わかりやすいその優しさが好きなのに、もどかしくもあって。「疲れてねぇよ!」と声が大きくなってしまったのは多少の見栄もあったのかもしれねぇけど、「じゃあ送ってほしい」とすんなり俺を受け入れてくれたから結果的には良かったのだろう。

帰り道での会話もアイツの笑顔も、いつも通りなのに何故だか緊張した。だから、アイツの家に着いた時にはつい引き止めてしまったのかもしれない。
用事もないのに名前を呼んで腕を掴んでしまって。「どうしたの?」とか聞かれても、自分でもなんて答えていいのかは分からない。ただ、一つだけ言えるのはまだ離れたくはなかったということだけで。みみたぶがもえているように感じたことを覚えている。

「いや、悪い。なんでもない」

その時、彼女の腕をパッと離すと眉間に力を込め笑った時だった。倉持くん、と俺の名前を呼んだ彼女の唇が触れた。俺の唇に。

「はぁ?おま、何してんだよ」

驚きのあまり勢いよく離れると彼女は俺を見上げて笑った。したり顔のその表情が可愛くて、胸がぎゅっと掴まれて。今度は俺の方から唇を重ねた。

はじめてのチュウをした。お前とチュウを。

触れた部分から俺の気持ちだって伝わっているのかもしれねぇそれは、口に出すには少しばかりこっぱずかしいものだった。
それでも、ちゃんと彼女送ってきたのか?という冷やかしすらも悪いは気しねぇ程度には嬉しくて。つーか、そんなことが気にならねぇくらいにやっぱりものすごく嬉しくて。


はじめてのチュウは、お前とのチュウは、緊張もしたけど何度も思い出してしまうくらいには俺を落ち着かせてはくれないし俺を振り回す。

そういえば寮に戻ってきた時に、緊張が解けたからなのかそれとも感極まっていたからのか、ふっと表情が緩んだと共に目頭が熱くなった。でも男のくせにそれはカッコわりぃから絶対にアイツにだけはバレたくねぇ……。これからもやっぱりカッコいいと思ってほしいから。

そんなことを考えながらゴロンと寝返りを打つとポツリと呟いた。

「……あー、やっぱり眠れねぇ」


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