3.


「昔を、思い出しておりました」


コトン、と小さな音をたててテーブルに置かれたティーカップを、すいっと細い指が持ち上げる。そのまま色の薄い唇に運ばれ、なかの赤褐色せきかっしょくは吸い込まれるように口内へと流れていった。


「……お前、変わったな」


カップをソーサーの上に戻すと、ラジエルは熱い息を吐いて頬杖をつく。


「はて、そうでしょうか」
「昔のお前は、自分から自分のこと話したりなんてしなかった」
「これは失礼いたしました。煩わしかったでしょうか」
「いや、なんか新鮮」


ラジエルは口の端を下げたまま、じっとオルゲルトを見る。そういえば彼と出会ったのはいつのことだったか、とラジエルは思い返してみた。


「……結構長い付き合いな気がしてたけどわりとそんなでもなかったりするし、お前の人生からすればたぶん俺と出会ってどれくらいかなんて数えられるほどなんだろうな」


幼少の頃の記憶は曖昧だ。すでに大人であったオルゲルトの方が何倍もその頃の記憶を鮮明に有しているだろう。過ごしてきた生の時間が違うこと、境遇が、立場が違うこと。あまり気になってはいなかったが、探せば多くの違いが見えてくる。


「そういえば、お前の肌は濃かったな」










「あ、お前オルゲルトだろ。マジで肌黒いんだな」


へぇー、と物珍しそうに声をあげる少年は、ラジエルと瓜二つの姿をしていた。オルゲルトはここで雇われて、まだ一度も弟王子には会っていなかったことに気づく。


「俺のこと知ってる?てか、知らなかったら死刑決定」
「ベルフェゴール様でございますね」
「ししし、なーんだつまんねー」


オルゲルトは、なるほどこれはそっくりだ、と思いながら、やはり似て非なるものだとも思っていた。好奇心に満ち溢れた姿は、ラジエルの欠落しているところだ。そうこう考えていると、後ろからつんざく声がかかり廊下に響いた。


「オルゲルト!!」


耳を塞ぎたくなるほどの声量。一体、細い体のどこから生みだしているというのだろう。ベルフェゴールは「わーぉ」と呟いてびりびりと震える肌を撫でた。オルゲルトはベルフェゴールに一礼し、ラジエルの元へ向かう。その姿を見て、ベルフェゴールはオルゲルトとはよい関係を築くことができなさそうだと直感した。


「あいつに構うな。毒が移る」
「……お優しい兄上をお持ちで、ベル様は幸せでございますね」


いつしか、オルゲルトとラジエルは噛み合わない会話も通じあえる程になっていた。それは性格や内面的な思考まで理解が及ぶようになったからだろう。ラジエルが気にかけたのはオルゲルトの体裁ていさいだった。自分と共にいるだけであれほどまでに言われるのだから、弟と絡めばさらに酷くなることはわかっていた。


「あれに仕える必要なんてない。次期王は俺だ」
「ええ、存じております」


それは弟と執事のどちらにも及ぶ害、回り続ける毒である。









「ええ、そうでございますね」


スコーンを出すと、ラジエルは上からがぶりとかぶりつく。ボロボロとこぼれることなど気にしていない。


「……私の育った場所は日差しが強く、砂埃の舞い上がる地帯でございます」
「そうか。なら……水を撒きにでも行くか」


故郷があることはいいことだ。帰る場所は誰にでも安心を与える。跡地となった古城もラジエルには懐かしい。鈍く光る深紅のマーレリングを見つめて、オルゲルトは静かに声を発した。


「……ええ、いつか参りましょう」


ラジエルは王になりたかったわけではなかった。世界を救う力と手段が欲しかっただけなのだ。そのことをオルゲルトはよく知っている。誰の元につこうと、オルゲルトの心はラジエルという一人の王だけに膝を折る。


「……そういえば、あなた様の肌は、日の光のように薄いのでしたね」
「そうか。なら、もう少し日を浴びる時間でも作ろう」


他人の境遇を身をもって知ろうとするこの優しささえも世界が敵だというのなら、それはかくしも要らない世界だ。そう思うのはオルゲルトの勝手。しかし仕える王が「必要だ」というのなら、オルゲルトは口をつぐみ、静かに肯定しよう。






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