君が僕でないことは僕が君でないこと

*スクアーロ(22)、ベルフェゴール(16)


美貌も金も才能も、何でも持っていて、なければ手に入れて、要らなくなれば簡単に捨てる。ベルフェゴールにとってそれは当然のことで、そこに疑問などは存在しない。そしてそれは自分の美点だとベルフェゴールは思っていた。周りは自分を見て、「いいなあ」と溢す。それに含まれるのは切望せつぼう渇望かつぼう羨望せんぼう。そして絶望、嫌悪、憎悪ぞうお。けれどどうしたって仕方がない。だって自分は上層階級の王子で、彼らは下層階級の庶民なのだから。ベルフェゴールはそう、思っていたのだ。




「なんつーかさ、俺って結構バカだったのかも」


なんでもないような声でそう言ったベルフェゴールに、スクアーロは束になっている書類を落としそうになった。その反応にベルフェゴールは「なにしてんの」と他人事のように笑う。スクアーロはお前のせいだと言わんばかりに睨んだが、変わらずベルフェゴールは笑い続けていた。スクアーロはこれ以上は無意味だと判断すると、はあ、と大きく息を吐いた。そうすると今度は、ベルフェゴールがどうしてそんなことを言い出したのかを思った。


「なんかあったのかあ?」


胡座あぐらをかいてソファに座る姿は昨日となんら変わりない。表情は厚い前髪によって隠されてしまっているが、声調からも特に気になる変化は感じられなかった。ベルフェゴールはゆらゆらと体を揺らして、そのままゆっくりと後ろに重心をかたむけ、やがてぽすんとソファの背もたれに背中を預けた。そうして近くに置かれた白いクッションをむんずと掴むと、交差する足の上に置いた。スクアーロはその一連の動作を書類から目を離してまで凝視ぎょうししていたが、やはりベルフェゴールに何かあったようには感じられなかった。そのせいでよくわかりもしない不安がわき上がっていけない。スクアーロはもう一度、ベルフェゴールに尋ねた。するとベルフェゴールは「んー…」と曖昧に返事をして、やがて、ぽつりぽつりと話しはじめた。


「なんかさ、俺がここに来たばっかの頃って、ただ行き場がなかったのとか、楽しめることがあるのとかが重なって、好条件な場所を見つけたってだけだったのよ。それこそさ、なんかテーマパークとか、そんな場所に遊びに来たって感じで。ここがほんとはどんなとこなのかとか、全然、わかってなかった」


そう言われてスクアーロは、何か、ベルフェゴールが後悔しているのかと心配になった。その心配というのは、仲間としていなくなってしまう不安か、もしくは能力の高い幹部という存在がいなくなるということへか。どちらにしても、ベルフェゴールがいなくなるということはとても大きいことで、いなければ困るということに変わりはなかった。


「スクアーロはさ、俺になりたいと思う?」


ぐるぐるとした思考のなかで、ベルフェゴールの問いかけが落ちてくる。それはさっきまでの話とはなんとも繋がらない、脈絡のない問いかけだった。けれどベルフェゴールの空気はいやに真摯しんしで、スクアーロはこれは本気で答えなければいけないと自然に悟った。だからスクアーロは、少し考えなければいけなかった。ベルフェゴールの問いを頭のなかで何度も繰り返す。そうして出た答えに、スクアーロはベルフェゴールにどう伝えようか悩んだが、結局、そのままに答えることにした。それが最善で、真摯で、何より正しい真実なのだと、そう思ってのことだった。だからそれは随分とつたない言葉になってしまっていたけれど、それでもベルフェゴールは黙って聞いていた。


「……俺はお前じゃねぇから、だから、お前になった俺も想像できねぇし、そもそも、お前になれるわけもねえ。だから俺は、お前になる必要はないんじゃねーかって、思ってる」


それは、なりたいか、という質問の答えになっていなかったが、ベルフェゴールは「そっか」と満足げに笑った。だからスクアーロも「ああ」とまだ緊張を残して、笑った。そうして「俺、まだちゃんと説明できないんだけどさ」と前置きをしてベルフェゴールがスクアーロの持つ書類の一枚を引き抜いて、言った。


「スクアーロがスクアーロでよかったよ」


スクアーロは「そうかあ」と言って、ベルフェゴールが「うん」としょげた調子で言った。それから書類を返して「ちゃんと全部伝えられるようになったら、また、話すから」と一方的に約束を取りつけた。スクアーロはそれを受け取って、「ああ」と答えた。それからは少しの静かな時が流れた。スクアーロはベルフェゴールの嬉しそうな口元を見て、いつまででも待っていられるような気がした。そうしていつまででもそばにいようと思った。ベルフェゴールが自分のなかで答えを見つけたとき、自分もちゃんと答えを返せるように。






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