スノードロップ



「お前……狙われてるよ」


そうベルフェゴールに言われたのはルッスーリアから花をもらって三日ほど経った日のことだった。フランが自室で本を読んでいると、ノックもなしにドアが開いた。そんなことをするのは霊じゃなければ知れたものだ、とフランは軽く無視をして本から視線を外さず、がさごそとした音だけを聞いていた。すると本が手から奪い去られ、さすがにこれは、と苛立ちながらその原因に顔を上げる。そうすれば不満と満足の両方を器用に表す三日月の笑みがフランの視界に入った。


「なに無視してんだよ」
「なんで怒るんですかー。せっかく好き勝手させてあげてたのに、センパイ怒られたかったんですかー?とんだドMですねー」


いつものように頭に拳が落ちるか、ナイフで刺されるか。とにかく何かしら攻撃がなされるだろうと踏んで、フランは受ける体勢をとっていた。しかしいつまで経っても危害がくわえられることはなく、不審に思ってベルフェゴールを見れば、ベルフェゴールの視線は自分とは違う方向に向いている。何を見ているのだろう、とフランもそちらを見やる。そこにあるのはなんの変哲もない窓と、その近くに置かれた一輪の花だけだった。それ以外に何かあるようには思えない。


「なんかありましたー?」
「……花…」
「あー…、ちょっと前から置いてるんですよ」


匂いがきついだとか、そういった文句でも返ってくるのだろうか。ならば来なければいい、とフランは言い返す言葉を考えていた。自分だって花を飾るような柄ではないし、全ては成り行きなのだと。しかしベルフェゴールはそんな文句もなく、ただ一つ問いかけた。


「あれ、もらったの?」


なぜわかったのか。やはり柄ではないと周りもわかるほどなのだろうか。そんなことを思いながら、フランは三日前の話をした。


「ルッスーリアさんにもらったんですよー。柄じゃないのはわかってますけどー、『大切にしてあげて』って言われちゃったんでー」


「直に枯れちゃいますけどねー」と言うフランのそばでベルフェゴールは少し強ばった顔をしていた。そうして低い声で告げられたベルフェゴールの言葉に、フランは疑問と少しの緊張を持って喉を鳴らす。


「お前……狙われてるよ」
「狙われてる……って、誰にですかー?」
「ルッスに」
「何をですー?」
「命」


「そんなバカな」とフランは軽く言うが、ベルフェゴールの態度は真摯しんしなままだった。そうして「お前は知らないからそう言うんだ」と言われ、何かをバカにされたと少しだけフランが意地になる。けれど重い空気のなかではなんとなく反発して話すことが躊躇ためらわれた。静かな時間のなかで、フランがよくわからない沈黙に耐えていると、ベルフェゴールがおもむろに口を開く。


「ルッスは死体愛好家なんだよ」


「へー」と、それで終わってしまうようなことじゃないか。フランはそのことに全く重大性を感じていなかった。死体愛好家がなぜ自分を狙っているというのか。そこで、フランはベルフェゴールが言った「命」という言葉を思い出した。だとすれば自分が狙われているのは死体となった時の、この体だというのか。


「いやいや、それはセンパイの考えすぎってー」
「あの花の名前、知ってるか?」


突然話が飛んだ。なぜいきなり花の名前なんか、と思いながらも「いいえ」とフランは素直に首を振った。


「Bucaneve。英名でSnowdrop」
「へー。無駄に発音いいですねー」
「茶化すな、ちゃんと聞けよ」
「はーい」
「花言葉は…」


花言葉まで知ってるなんて乙女か、と言いたくなったが、それを飲み込んで静かに聞く。そしてそれは、ベルフェゴールの言っていた「狙われてる」を意味した言葉そのものだった。


「花言葉は…『あなたの死を望む』」







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