少しずつ変わる者の証言



「昔の建造物とか残すじゃん。あれ、よくわかんないんだよね。あ、よくわかんないのは残したい奴の心理的なあれで、俺個人としては嫌なんだけど」


ベルフェゴールはバスケットに入ったクッキーをぼりぼりとむさぼりながら、ルッスーリアに愚痴をこぼす。ベルフェゴールは、マーモンが任務の時間になったため席を立ったとき、入れ違いに談話室へと入ってきた。そしてルッスーリアにお茶の用意をさせ、その間にテーブルの上に置かれているクッキーを勝手に貪っていた。それに対してルッスーリアは特に咎めることはせず、こぼさないように、とだけ注意をして、ベルフェゴールに紅茶を差し出した。


「あら、いいじゃない。歴史を感じて」
「だって歴史とか勝手に変えていく癖に昔にすがってやがんの。意味わかんなくね?教訓だとか芸術だとか言うけどさ、その時の凄惨せいさんさとか、残したくねぇ記憶とかあんじゃん。ほんと、無神経だよね」


ごくごくとベルフェゴールは紅茶を飲み干す。ルッスーリアは、熱くはないか、と一瞬心配をしたが、当の本人がなんでもなさそうだったので、とりあえず空のカップを受け取って新しく注いだ。ベルフェゴールはバスケットのなかのクッキーを食べるでもなく見つめている。


「そうねぇ。私もそこまでなんでもかんでも残すのがいいとは思わないけど、綺麗ならいいんじゃないかしら。ほら、ほころびができると修復工事しているでしょう?」
「だからダメなんだって」
「なぜ?」


ぐさり、というような見た目だが、聞こえた音はさくりだった。ベルフェゴールは自前のオリジナルナイフをバスケットのなかのクッキーの一つに刺して、そのまま何をするでもなくナイフから手を放し、放置する。クッキーはぱっくりと割れていたが、辛うじてナイフが立つくらいには形を留めていた。


「修復しちゃったら結局『その時』じゃないし、結果を知ってる安全な世界げんざいで過去を投影してるだけだろ。だから、早いとこ過去は死んだ方がいいんだよ。どーせ、『今』には勝てない」


ルッスーリアはそういうものかしら、と首をかしげる。そうして「でも昔があるから今があるのよ」とありきたりな台詞を語った。それを聞いたベルフェゴールはつまらなそうに頬杖をついて、「そーだけど、そうじゃないんだってばー」とぼやいている。そうして席を立ち、自室へ戻るのだと告げたベルフェゴールは、最後にルッスーリアの方へ振り返ると、少し困ったような笑みを見せた。


「明日が来るなんて保証はないからさ、昨日はあったのに、なんて思わせないでほしいんだよね」


そう言って扉の奥へ消えていく背中は、ただの少年に見えた。






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