夕焼けHOLIDAY





少しだけ生温い、さらりとした風が吹き込む。
開け放った窓を遮断するカーテンレースがゆらゆら揺れて、今にも地平線の彼方へ消え落ちそうな柔らかい橙の光を透かす。
部屋の壁も天井も床に散らばるカードも、そこに鎮座する物は皆、おとなしくその色に染まっていた。

外から子供たちの笑い声が聞こえる。
時折自転車が家の前の通りを走り抜け、静けさを壊さない低いエンジン音と共に車が通り過ぎる。
ふわりと舞う前髪に、またゆるやかな風を感じた。
ほんの少しだけ、薄暗い部屋。
温い光が空間を満たして、灯りを点けるにはちょっともったいない。
頬を撫でる空気に目を細め、ふとその視線を隣に落とす。
規則正しく上下する細い肩。
小さく開いた唇から漏れる寝息。
吊りがちな鋭い眉は閉じた瞼の上で弧を描き、流れる癖の強い髪がキレイだ。

その前髪が風に遊ばれ乱れているのを、梳くようにして直してやる。
部屋の端から持ってきて掛けてやったタオルケットを整え、また丁寧に掛け直す。
そのまま自然と伸びた手が彼の頭に質量を預け、ゆっくりと撫でた。
無防備な寝顔。
彼が、自分を特別としてくれる証。
やさしい気持ちが溢れだす。
そんな彼が、どうしようもなく愛おしい。

夕日色を映す琥珀が、おだやかに微笑んだ。

「――遊戯」

そっと、なだらかな頬を撫でる。

「…スキだ」

小さく、囁くように。

どこかで我が子を呼び寄せる、あたたかい母親の声が聞こえた。
明るい声。軽快に走り去る靴音。
ああ、そろそろ夕飯の準備をしなければ。
ゆっくりと手を引き、相変わらず夢の世界へ旅立っている彼にもう一度微笑いかける。
立ち上がろうと立てた膝を押すと、彼が小さく身じろいだ。

「……、の…ちく…」
「遊戯?起きたのか?」

伸ばした細腕が宙を掻く。

膝を立てのまま彼を覗き込むと、彷徨う指にきゅ、とシャツを捕まれた。
ゆるりと瞳が覗く。
トロンとした半目の紅玉が、城之内を認めて緩く微笑った。

「……レも、スキ、だ…」
「!」

パタリと。
力を無くして足元に落ちそうになる指を掬い上げ、床との衝突を防ぐ。
受けとめたそれは幼子のように高い体温と、とくとくと一定のリズムで巡る脈を伝えた。

「…遊戯?」

またそっと顔を覗き込めば、何事もなかったかのようなゆるやかな寝息。寝呆けていたのだろうか。
夢の中で、囁きが子守歌にでも聞こえたのかもしれない。

(――夢の、中?)


夢の中まで、この声が届いたのか?
夢の中で、見つけてくれたのか?
夢の中でも、繋がってる?

繋いだ指が、微かに握り返した気がした。
嬉しさと愛しさと幸福と、色々なものが交ざりあう。一色の世界に色を生む。
自然と緩んだ頬は、抑えきれないまま。

陽の光が弱まる。
ゆっくりと、だが確実に闇へと飲み込まれていく世界。遮断されてゆく視界で。

灯りを灯すように、彼の頬に唇を落とした。



-Fin-





執筆(09/04/19)
修正(10/03/29)




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