※BC編




 無力という名の十字架を




静寂がたちこめる。聞こえてくるのは一定のリズムを保った機械の呻き声だけで、人の話し声も足音も、他には何も聞こえない。不思議だ。こんなにも長い廊下なのに。白い蛍光灯が、場違いなほど明るくその空間を照らす。首からぶら下げたパズルが金属特有の無機質な音を立てた。

『もうひとりのボク』

ふわり、と隣に半透明の片割が現れる。
辛そうで悲しそうで今にも泣き出しそうで、なのに、自分を心配してくれるその瞳の色は優しい。
大丈夫?、と首を傾げて顔を覗き込んでくる彼に微笑おうとして、けれどうまくいかなかった。彼の表情に、より深く悲哀の色が刻まれる。ああ、そんな顔しないでくれ。

「オレは、大丈夫だ」


だけど 舞が。


紡いだ声が、情けなく掠れた。
BCトーナメント戦、マリクと当たった舞が今、意識不明の昏睡状態にある。
どうして、こんなことに。誰の呼びかけにも反応せず、固く目を閉ざした彼女がベッドに横たえられる様が脳裏をよぎった。唇を噛み締める。
オレがもっとしっかりしていれば。オレがすぐにあの決闘を止めていれば。舞は。

『…もうひとりのボク…』

不意に、背後の扉が開いた。
遊戯が顔を上げる。浮遊体の遊戯は、ふ、と姿を消した。現れたのは、

「……城之内くん」
「遊戯…」

短い沈黙が流れる。
彼にいつもの笑顔はなく、それだけで、まるで別人のように思えた。そして彼をそうさせた理由は明白で、必死の形相で彼女を呼んでいた彼を思い出す。
罪の意識が、刺さる。遊戯は視線を落とした。

「……城之内くん、すま」
「すまねぇ遊戯」

静かな音で、先を遮られる。彼の口から放たれたのはまさに自分が言わんとした謝罪の言葉で、遊戯は思わず顔をあげた。そこに俯いて項垂れる彼を見つけて、更に狼狽える。
どうしたらいいのか分からなくて、遊戯は下手な微笑を浮かべた。

「どうして君が謝るんだ…?」
「…守れ、なかった…ッ」

なにを、とは、聞かない。
ギリ、と歯を食いしばる彼に、歪なその笑みさえ消えてなくなる。胸に何かがつかえて、息が詰まった。込み上げてくる感情を、震える声を押し殺す。小さく息を吸い込んで、遊戯は再び目を伏せた。

「それは、城之内くんのせいじゃない。本物のマリクを見抜けずに、闇のゲームを止められなかったオレの、力不足のせいだ。全ての責任は…オレにある…」

すまない。

まっすぐに目を見て言えなくて、俯いたまま視界を閉ざす。
それを見下ろす視線が、辛そうに細められるのを感じた。

「そっちのことじゃねぇよ」
「…え?」
「舞のことじゃない」

予想外の言葉に、また視線が上がる。
それと同時に掴まれ引かれた腕に、体の重心が傾く。体勢を立て直そうと踏み出した膝がぶつかる。水平を保てない身体に響く、温かい衝撃。

「――お前だよ」

気がつくと、頭ひとつ分背の高い彼の、その腕に抱きとめられていた。

「オレはお前を、守ってやれなかった…!」
「じょう…のうち、くん…?」

あまりにも近い距離にある声が、悲しそうで、辛そうで、苦しそうで。
彼の言わんとする意味が理解できなくて、フリーズを起こす頭がただその名前を口ずさんだ。


オレを、守れなかった?

それは、どういう意味だ?
だって倒れてしまったのは舞だ。
それを守り切れなかったのは、オレだ。
城之内くん。倒れたのはオレじゃなくて、守れなかったのは君じゃない。
君がそんな顔をするなんて、そんなの。


ぐるぐると空回りを繰り返す脳が、うまく言葉を乗せられない。もどかしくて開いた口は、しかしなにも発せられないまま。
温かい掌が背中を撫でる。

「痛かっただろ…?」


痛、み?


ああ、そういえば。

舞とマリクの決闘、そのラストターン。
張り付けられた舞。叫びながら駆け寄る城之内くん。迫りくる炎。二人がいるその場所が、太陽よりも熱く、眩く照らされる。
焦燥が全身を貫いた。
体が勝手に動く。らしくもなく。
そのまま二人と炎の間に体を滑り込ませて、そして。
背中への衝撃。鋭い刃で貫かれたような、肌が焼ける痛み。
実際は精神へのダメージで、肉体的損傷なんてないのだけれど。


「ごめんな」

また、彼が呟く。彼のやさしさが、触れた体温が、熱い。触れられた背中が、ヒリヒリと痛んだ。

「……オレ、は、」

―大丈夫だぜ。

言おうとして、舌が吐き出すのを躊躇する。
どうして。半身にも言った同じことばなのに。
訳が分からなくて、どうしようもなくなって、ただ彼をぎゅうと強く抱きしめ返した。

「舞には、オレが助け出して、それから謝る。――だから遊戯、」

彼の腕に力が籠る。

「今度はちゃんと、お前を守る。…絶対だ」

力強く、はっきりと、耳元で。
彼が絶対と言ったら、本当に絶対だ。
慈しむように触れられた背中が、痛い。
オレを、守る、だなんて。
…君は、オレを許してくれるのか。酷い間違いを犯したオレを、許してくれるのか。守ると、言ってくれるのか。
胸が詰まる。やさしさが染みる。このまま身を委ねてしましたくなる、温もり。
――だけど。
甘えてしまいそうになる自分を叱咤する。
城之内くん、そんな君だからこそ、オレは告げなければ。

「―城之内くん」

彼のやさしい両腕を掴んで顔を上げ、彼の眼をまっすぐ射抜く。
少し驚いたような、瞳の色。そのブラウンから、今度は目を逸らさない。

「オレだって、もう仲間が苦しむ姿なんて見たくない。絶対に嫌だ」

「だから城之内くん、オレも、君を守る」

「…絶対に」

誓いを立てる。己に言い聞かせるように、君に届くように、強く、強く。
オレを見つめていた城之内くんはまた小さく目を見開く。
それから嘘みたいに優しい笑顔で微笑みかけて、

「――ああ」

また思いきり、抱きしめられた。


この体温を刻み込む。必ず、君を守ると。





































―― それなのに。












ベッドに横たわる君。
酸素マスクをつけて、唇から洩れる呼吸が危うくて。相棒が泣いている。
ここは夢、だろうか。
なあ城之内くん。どうして君は、目を覚まさない?









ナミダを ナガす スベさえ わからなくて、



(ただ無力という名の十字架を背負う)



-Fin-



執筆(08/08/17)
修正(11/01/03)





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