※古代編捏造
※直接的ではないですが、カニバリズムの表現を含みます。





































 love & hate .




拒絶、なんて、予想の範疇だった。
受けいれられるなんて、そんな選択肢すら思いつかなかった。

だから、







互いを憎みあう、そんな宿命を背負った俺たちは、互いに惹かれあった。
それは掟に背く好意。それは世界を敵に回す必要十分条件。
姿を認めるたびに、俺の中で暴れ回る声。憎いと、許さないと、殺せと、血が叫ぶ。
そして俺自身も、その衝動に逆らえきれないまま。
俺たちは、惹かれあうが故に互いを愛することができない。まともに相容れるなど、できるはずもない。
そういうものだと、思っていた。


「よぉ、王サマ」



薄暗く、だだっ広い部屋の中心に鎮座する寝台。
その端に腰掛けた少年が、ゆっくりとこちらを見やる。
向けられた血のような紅が、蝋燭の揺らめく光を飲み込んで更に紅く煌めいた。その紅が、冷たく細められる。

「…なんだ、盗賊」

憮然と放った可愛げのない物言いに、自然と眉間に皺が寄る。

「バクラだって名乗っただろ」
「俺も、名で呼べと言ったはずだ」

さらりと返して、幼い王は後ろに手をつき、そちら側に体重を掛ける。
仕草はそこらのガキと何ら代わりないのに、こいつに限って艶めかしく感じるのは何故だろう。

「で?なんの用だ、バクラ?」

言いながら、その細くしなやかな足を組んで頭を自身の右肩に預け、王が挑発的な笑みを浮かべる。
年齢不相応に妖艶なそれに、俺は背を預けていたバルコニーの柵から離れ、高貴なる部屋に足を踏み入れた。―――なんてことはない。只の部屋だ。
窓辺で立ち止まる。
一定の間隔を保った、いつもの距離。
手を伸ばせば届く、そんな近さを、俺たちは知らない。
そんな処にお前が居たら、俺は、俺がなにをするのか分からない。

それはお前を抱き締めるということかもしれない。
(けれどそのまま、背骨をへし折ってしまうだろう。)
お前に口付けるということかもしれない。
(けれどそのまま酸素を奪いつくしてしまうだろう。)
お前を抱くということかもしれない。
(けれどそのまま壊してしまうだろう。)
四肢をもいで、ぐちゃぐちゃに。

だから俺たちは、互いの体温を知らない。感触を知らない。
だから俺は、


「見つけたんだよ」

唇を歪めて笑う。

「俺たちが愛し合える方法をな」

王が怪訝気に眉を潜めた。

「どういう、意味だ」

鋭く紅い視線を受けて、俺はふ、と笑ってみせる。



「俺様とひとつになればいい」



紅い宝石が見開く。
その色に満足して、俺は静かに寝台へと近づいた。


「体がふたつあるからいけねぇんだ」


音を立てずに、一歩を踏み出す。


「なら二人でひとつになればいい」


真直ぐ少年を見据えながら、二歩目。


「そうは思わねぇか」


壁に蠢く黒く大きな影が動いて、三歩目。


「なあ」


紅い光を反射する、色のない玉石に迫り、四歩目。


「王サマ?」

手を伸ばせば、届く肢体。
愛しみ憎むそれ。

「俺様の一部にならねぇか?」

その細い腕も褐色の脚も皮下を巡る血も内腑も髪も舌も爪も紅玉のようなその瞳でさえ。
全て平らげて、俺の血となり肉となり糧になればいい。ひとつになればいい。
そうして初めて俺は、お前を愛せる。
そう思った。

俺を見上げたままの少年が、その長い前髪で隠れた視線をただ注ぐ。
微かに振られた頭の動きに、顔にかかった金髪が、その頬を滑り落ちた。
































「―いいぜ」


















紡ぎだされた言葉。
それは拒絶ではなく、紛う事無き、肯定の。
俺は目を見張った。思考が固まる。
その意志の強い瞳に宿された色は、喜色でも、憂いでも、諦めでも、挑発でもなくて、
ただ真直ぐに真剣な、いつもの紅だった。

「どうした?」

す、とあまりにも自然に伸ばされた両手が、無抵抗な俺の頬に触れる。
否、無抵抗だったわけじゃない。
抵抗するという事象を根本から奪われたような、そんな感覚。
王たる少年が、その薄い唇を開く。

「喰えよ」

愛しく憎い、若き王。
俺はその目と鼻の先にある紅玉が、怖いくらいに澄んでいることを知った。
思っていたより低い体温も、子供特有の滑らかな肌も。

「バクラ」

俺の名を口にして、そこでようやく、王は柔らかな微笑を見せる。
そんなカオも、初めて知った。





拒絶されると思っていた。
受け入れるなんて、そんな可能性、思いつきもしなかった。


だから、





思考が白に侵食されていく感覚を理解する。
釘付けにされたその紅に、他の全ての色を奪い去られたような。
動かない体で回らない頭で、必死に何かを口にしようと藻掻く。けれど上手い言葉が見つからなくて、胸の奥で溶かされたそれがズルズルと沈殿していくだけだった。

「―バクラ」

また、紅が俺を呼ぶ。
その瞬間、沈殿物の溜まる肺の中で、たったひとつ、浮上してきた、オト。

「ア…テム……」

呟けば、紅が少し意外そうに瞳を瞬かせた。
内側にじわりと広がるそのオトが、凍り付いていた四肢を動かす。自由になった両腕で、迷うことなくそいつを抱き込んだ。
急に傾けられた重心に応じきれず、そいつが咄嗟にその細腕で俺の体にしがみつく。
小さく腕に納まった肢体は思った以上にか細く華奢で、本当にこのまま壊していまいそうだ。けれど今は、思考に理性がついてくる。
そして、自身の口から零れたそのオトの意味を、今更のように理解した。
それは、俺たちを隔てた矛盾を越えるオト。世界を一掃する言葉。王と盗賊、その戒められた運命を破壊し、秩序の世界から脱するための鍵。
そして俺たちは、ただの生命体になる。ただの、二人になれる。
そんな幻想を現実にさせる、オト。

「―アテム…」

もう一度オトを囁けば、そいつが笑った、微かな吐息を感じた。





嗚呼、いっそ抵抗でもしてくれれば、もっと気が楽だったろうに。
















今にも折れそうな細い首筋に、俺は静かに歯をたてた。






-Fin-



執筆(08/07/31)
修正(11/01/03)





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