※バトンお題小説








さようなら、愛しい人






白の中で、君がゆらゆら揺れていた。それはまるで、蜃気楼のような、美しい光景。
君へと手を伸ばす。けれどその手は、いつまでたっても、君には追い付かない。どんなに伸ばしても、届かない。


『…――!』


君を呼ぶ。
だけど、なんて呼んでいるのか、ボク自身にも分からない。自分の声が、はっきり聞こえない。

そしてふと、彼がだんだん小さくなっていることに気が付いた。


彼が、遠ざかっている。


恐怖に近い焦燥が体に走る。ボクは必死に彼を呼んだ。


『――…っ――!!』


ゆっくりと広がってゆく君との距離に、更に焦る。
駆け寄りたいのに、足が動かない。足が存在しているのかさえ、分からなかった。


『―、』
『――。』


不意に、ボクの音を君が遮る。いつもの優しい音でボクを呼ぶ。
なんて呼んだのかは分からないけれど、確かに君はボクを呼んで、そして、



『       』



嘘みたいに、優しく微笑った。


思わず音をなくす。
今まで見たどんな笑顔よりもおだやかで、あたたかくて、ここちよくて―――――壊れ、そうな。



じわりと、君が歪む。声が、出なかった。
君は微かに首を傾げてもう一度笑い、驚くほど綺麗にその身を翻す。

身に纏っていた紺の制服が、青紫のマントに変わる。
白い肌が、褐色に変わる。
細身の肢体が、金の装飾で飾られる。
そして君は光の中へ、光に還ってゆく。


光に、 溶 け  て  …























体に重力が戻る。
見慣れた天井、見慣れた布団、見慣れた部屋。上がる息と伸ばした腕が、その場に取り残される。目尻から枕へ、冷たい筋の跡ができていた。


目の前に、笑う君はいない。ボクを呼んだ君も、遠ざかる背中も。君を奪った光でさえ、なにもかも。

開いていた掌を握りしめる。
空を掻いたこの手の先には、なにもなかった。


「――、っ――ッ……!」




さようなら、愛しい人。


(今でも君を愛してる。)




-Fin-




執筆(08/09/06)
修正(10/09/27)







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