※バトンお題小説
地に刻まれし足跡は
どれくらい歩いただろう。
いつの間にかオレンジ色に染められた空に気がついて、ふと元来た道を振り返る。足元から真っ直ぐに伸びる、一本線。ここからずっとずっと遠くから、てんてんと続く、ボクの跡。
ずっと波打ち際を歩いてきたけれど、跡は飲まれて途切れた様子がない。
視界の端で海が夕焼けを乱反射して、オレンジ色の光を放つ。その欠片の粒がキラキラと綺麗だった。波は穏やかで、さらさらと潮風が心地好い。
静かだった。
周りには人どころか猫も犬も、生きものはなにもいない。――ボク達、以外は。
そう。今までボクは、この道をずっと君と歩いてきた。君と二人で、ずっと。
なのに。
『…?どうした、相棒』
少し先を歩いていた君が、立ち止まったボクに気づいて振り返る。
その足元に影はなく、辿った軌跡も―――ない。
ずっとずっと、ひたすらここまで歩いてきたボクら。
なのにどうして、残る筋はひとつなんだろう。どうして、君の跡は残らないんだろう。どうして―。
『…相棒?』
彼が、体ごとこちらに向き直る。不安定な砂の海に足を取られることもなく、綺麗に。
世界は彼に干渉しない。まるで彼を否定するように。彼が存在しないもののように。最初から最後まで、なにもなかったかのように。
そうやって、彼を世界から殺すんだ。
そうなんでしょ?
『相―』
「もうひとりのボクっ!」
遮って呼んだ声に、君がビクリと肩を跳ねさせる。
どうして。
ボクを呼ぶその声は確かに彼のものなのに。ボクを見つめる瞳も、紡ぐ言葉も、全部全部。
勢いよく顔を上げてキッ、と君を見れば、たじろいだ君が上体を引いた。
「交代しよう!!」
『…え?』
返事を待たずに肉体の主導権を開け渡す。突然のことに目を白黒させる君の手を、触れられないこの手で掴む。
君の手を引いて、ボクは君を追い越して、そして。
『走るよ!』
「ちょ、あ、相棒!?」
力一杯ひっぱって、全速力で。手を振り払わない君は、砂の海に足をとられて転びそうになりながら、それでも走る。
慌てたようにボクを呼んだ君の声が、大気を震わせる。砂埃を上げる君の足が、大地を踏みしめる。跡が残る。軌跡が続く。世界に君が、刻まれる。
(嗚呼、でもそれは、気休めだと知っている。)
(振り返って見た君の軌跡はきっとボクの延長戦で、結局跡は一本しか残らないんだろう。)
(他の人が見れば、それはきっとボクがつけた跡に見えてしまう。)
(そう思われてしまう。)
(―それでも、ねぇ、もうひとりのボク。)
地に刻まれし足跡は、
(ずっと、君がここに在ったという証。)
-Fin-
執筆(08/09/06)
修正(10/09/27)