※暴力有り




































限りない絶望で君を手に入れる




「か、は……っぐ」

断続的に響く、生々しい破壊音。
鳩尾に叩き込まれた衝撃に耐えきれなくなり、力の抜けた膝が落ちる。強制的に圧縮させられた胃が、その勢いで胃液を押し上げてきた。それをなんとか寸のところで堪えると、今度は肺が苦しくなって咳き込む。
痛い。喉が焼ける。
その頭上で、楽しげな微笑が聞こえた。と同時にヒュ、という空気の動きを右耳が捕らえ、そして。


ゴッ。


側頭部への衝撃。
堪らず左側へ吹き飛ばされ、固い床に頭を打つ。

「ゔ…っ」

直に伝達する激動が脳を揺らす。
視界が揺れる。平行感覚を失う。…気持ち、悪い。

「―ふふ」

カツ、と靴音を立てて歩み寄り、ソイツは心底楽しそうに笑った。紅い瞳が、狂喜にらんらんと輝いている。
ソイツはオレを見下ろし、目を細めてまた笑った。

「昔より、またずいぶんと丸くなったものだな」
「む……っか、し…?」
「そう昔、封印が解かれたばかりのお前だ」

口内に鉄の味が広がる。鼻につく血の匂いが不快だ。
ソイツはオレの目の前に屈んで、更に続ける。

「お前は器の甘さに絆され、随分と弱くなった」
「つ、さっ、わるな!」

奴の白い指先が輪郭線をなぞる。腫れた頬に触れられて、退きかけていた痛みを覚醒させられた。抵抗しようにも、今のオレには立ち上がることは疎か、その手を振り払う力すらない。
その様子をいかにも面白そうに笑って見下ろし、そしてソイツは、独り言のように呟いた。

「まあどうせ、いずれはこの器の身体を手放す運命だがな」

その、鼓膜を揺らした言葉。体中の痛みが吹き飛ぶ。鈍器で殴られたような衝撃が、脳へと駆け上がった。
今、コイツはなんて言った?身体から…相棒から、離れる…?

「どう、いうことだ…っ!?」
「ン?」

ギ、と睨み付けると、そいつは今まで浮かべていた笑みを消し、無感動にオレを眺めた。
対峙したその色に、じわりと胸の奥で恐怖のようなものが滲む。心が焦る。心臓の音が耳元で大きく鳴り響いた。
オレが、相棒から離れる?
オレたちは、ふたつで一人の人間だ。それを引き離すなんて、そんな馬鹿なことがあるはずない。
そう思うのに、心は奴の言う未来を示唆するように怯えだす。カタカタと勝手に震える手を拳で固めようとして、なのに上手く力の入らない指先がますます震えた。
奴は、何も言わない。

「…貴様、なんとか言……ぐっ」

声をかけても、何も答えない。
そして何も言わないまま、ソイツは髪を捕み、オレを持ち上げた。奴の眼前まで引き上げられ、反射的についた肘で体を支える。血塗られた瞳が、至近距離で静かにオレを見つめた。それによって、今まで暗闇に紛れていた奴の姿がはっきりと現れる。
息をのむ。ソレは、オレとあまりにも似通った容姿。オレと変わらない背丈。オレと同じ制服姿。奴の腹のあたりで、キラリと見慣れた光を見た。それは紛れもなく、千年パズル、だった。

「っ、なん―――んぅっ!?」

なんなんだお前は。そう言うはずだった。
言葉を遮る音。ガチッ、と何か固いものが歯にぶつかる。なんだこの、唇に触れる感触は。

「!ん…っ、んん!?」

システムエラーを起こしていた脳が、更なる違和感に再起動した。何かが中に侵入してくる。生暖かい、生き物のようなもの。
それは口内を好き暴れ回り、オレの舌を絡めて遊ぶ。

(し、た…?…!!)

そこで初めて、オレはその正体に気が付いた。
舌だ。奴の、アイツの舌。
認識と共に全身全霊で抵抗を試みるが、髪を掴まれた手はびくともしない。それどころか奴は本格的に口内を犯しはじめた。
絡めとり、噛み付き、なぞって吸って弄ぶ。
重なった唇の隙間から、綯混ぜになった唾液と共に卑猥な水音が漏れた。

「ン、んぅ…っふ、ッ…」

息が続かない。
息苦しさから逃れようと酸素を求めても、アイツがそれを許さない。
支配されていく感覚が気持ち悪い。
それとは裏腹に、ぞくぞくと背中を這う神経が不愉快だ。

「ッは、ぁ……っ……ゲホッ」

解放されるのと同時に、空っぽだった肺に一気に空気が傾れ込んでくる。胸が痛くて、思わず胸を押さえ咳き込んだ。
奴はペロリと自身の唇を舐めると、満足げにオレを見下ろす。
そしてまた顔を近付けると、空いている方の指でオレの下唇のラインをなぞった。そのまま耳元に口を寄せ、クスリと笑う。

「まさかまだアレはもう一人の自分だと、甘い夢を見ているのか…?」
「……ッ!?」

妙に甘ったるい声で囁かれ、ぞくりと肩が震える。
それ以上に言われた言葉の意味を理解できなくて、思考回路がショートした。

引き裂かれる運命?オレに酷似したもう一人?オレたちはひとつじゃない?…夢?

なにが、夢なんだ?
どれが、夢?
どこからが夢で、どこマで、ガ…

「ふふ、」

奴が笑う。

「本当にいけないコだな、もう一人の俺…?」

重い躯が後ろに倒される。
四つ這いになって覆いかぶさる、狂気の紅。オレと、同じ色。
もう躯も頭も、動かない。


(あい、ぼ…)




相棒、オレたちは―――









-Fin-



執筆(08/09/15)
修正(10/04/10)






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