他力本願な逃避計画
 




ユメを、見たんだ。



目を開くと、そこは見慣れない場所だった。
目の前に鎮座する白く清楚なキングベッド。踏みしめる床には高級そうなカーペットが敷かれ、壁には絵画だろうか。奥に2、3点の額が見える。
視点も焦点も変えずそこから伺える分だけの環境を観察して、そういえば、やけに辺りが暗いことに気付く。今は夜なのだろうか。頭の隅でぼんやりそう思い、しかしそれ以上は考えなかった。
見知らぬ夜の洋屋敷。そこに存在する自分に、不思議と違和感はない。
キィ、と錆付いた音がした。薄暗い部屋に光が差し込む。ドアの音だ。しかし、正面に佇む扉は沈黙を守ったままで、動いた気配はない。差した光が足元を照らした。長方形に闇を切り取るそれ。ゆっくり瞬きをして、振り返る。バルコニーへ続いているらしい、背後の扉が開け放たれていた。
そこから広がる真っ黒に塗り込められた空。その漆黒の中で、非現実的な大きさの満月がこちらを覗き込んでいた。
そして、その視線を遮る人影。
逆光で薄く影を落とすその表情は、酷く見覚えのあるものだった。

「…城之内くん?」

黄金の髪に、ブラウンの瞳。唇に緩い笑みを浮かべたのは、自分のよく知る彼と寸分も違わない。唯一違うのは、その身に纏った黒いマントだけだった。
彼はその澄んだ瞳を細くして、静かに微笑んだ。

「遊戯」

カーペットを踏みしめ、いつもの笑顔が歩み寄る。やさしい指先が頬に触れて、前髪を耳の後ろへ梳く。
虚ろに彼を見つめると、彼は酷く嬉しそうに笑った。

「遊戯」

もう一度名を呼ばれ、ぎゅぅと抱き締められる。彼の匂いがふわりと薫った。と同時に、その身に纏うマントにくるりと身体を包まれる。ぱちり、とひとつ瞬きをすると、彼はまたやさしく微笑って、唇に触れるだけのキスをした。



「―お前を、攫いにきた」




**




「お、遊戯、おはよ」

頭がぼぅっとする。ゆるりと持ち上げた瞼に、馴染みのある声が降ってきた。
瞬いて視線を頭上に巡らせると、トビ色の瞳。やさしい笑みを浮かべた彼が、こちらを覗き込む。綺麗な黄金色の髪が、重力に従って流れた。それと同じ力で地面に縫い止められた体が、重い。
嗚呼、ユメを、見ていたのか。

「…じょうのうち、くん」

緩慢に、腕を伸ばす。距離感が戻っていない手がたどたどしくシャツの襟元を掴んだ。重力に腕の力を加算させて強く引く。近づいた、少し驚いらしい彼の顔。その唇に静かに自分のものを重ねた。
手を離すと彼は、それこそ驚いたようにひとつ、瞬きをした。

「…どうした?」
「ふふ…さっきのお礼、だぜ」

そう笑えば、ますますキョトンとする彼。お礼?、と鸚鵡返しにする彼に、ああ、と返してまた笑う。



ユメを、見たんだ。
薄暗い洋屋敷。そこから出ることも、出る気力もないオレ。そこに現れた、笑顔の君。そして君はオレを抱き締めて、言った。オレを、ここから連れ出してくれると。
ユメの中のオレはあまりにも空虚で、空っぽで、だから気づかなかったけれど、嗚呼そうだ。オレはあそこから出たかったんだ。目が覚めて、君を見つけて、何故かそう思った。その理由は、今のオレにも分からないけれど。
君はユメの中のオレを助けてくれた。だから、そのお礼。



彼がまた、今度は少し呆れたような笑みを浮かべる。

「まだ寝呆けてんのかぁ?」
「さあ?どうだろうな」



『―お前を、拐いにきた』


耳元に堕ちた吐息が、頭の中でリアルにリピートした。



-Fin-




執筆(10/01/18)
修正(10/04/10)





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