フラグの確立と回収



ゴトン。

コーヒー缶が落ちるような音と共に、自動販売機の蓋が揺れた。それを認めると、彼は徐に腰を屈めて中を探る。すぐに顔を出した左手には、しかし明らかに缶飲料ではない何かが握られていた。

「…いる?」
「…いや」

背中を丸めたその体勢で軽く左手を持ち上げてみせる彼に、自販機に背を預けたまま首を振る。彼の手に収まっていたのは、プラスチック容器に詰められたコンディショナーだった。
遊星が断ると、彼は気にした風もなく、そう、と短く返して、こちらに寄越していた視線を手の中のそれに落とした。赤みがかったブラウンの瞳が真っ赤な帽子の下に隠れる。
繰り返される彼とのやり取りは、いったい何度目だったか。


市街をふらふらと一人歩いていたところへ声を掛けたのは朝方だったか。今日は面白いことはしないよ、と笑って言った彼に同行した先は、カード屋でもデュエリストの集まるような広場でもなく、このアイテムターミナルだった。
それから彼は、ひたすらにターミナルを回し続けている。なにか欲しいものでもあるのだろうか。
そろそろ昼時だな、と真南に昇る太陽を仰ぎ、ぼんやりと遊星は思った。
そうしている間にも、スロットは回される。画面にそろったパネルに指で触れ、しかし今度は、先のような重々しい音は聞こえなかった。不思議に思って見つめていると、その目の前で再び彼が膝を折る。そして蓋を押し上げて中を覗き込み、腕を突っ込んだ。随分取りにくい位置に落ちたらしい。彼の腕が肘まで飲み込まれている。
遊星は少し身を乗り出した。

「大丈夫か?」
「、うん」

平気、と続く言葉に、さ迷っていた彼の腕の動きが止まる。程なくして、ゆっくりと引き抜かれた手には、掌大ほどのなにかが握られていた。
丁寧な円形にまとめられたそれは、透明なビニールでコーティングされ、中央に可愛らしいロゴの入った丸いシールが貼られている。
藍色に染め上げられた、一本のリボンだった。

「…綺麗だな」
「……、遊星、リボン好きなの…?」
「そういうわけじゃないが…好きな色だ」
「好きな?」

赤茶の瞳がぱちりと瞬く。反復された言葉に頷いてみせると、彼はまたひとつ瞬きをして、つまみ上げたそれをしげしげと眺めた。そうして、なにか納得したようにふぅん、と呟くと、膝を押して立ち上がる。その過程でズボンのポケットにリボンを押し込むのが見えた。
立ち上がった彼を目で追う。赤茶の瞳にぶつかる。その色に、息を飲んだ。
それは、普段のにこやかさとは違う、不敵さを湛えた笑み。
帽子の下、逆光が落とす薄闇の中で、それでも爛々と光を放つ純粋な赤。

「遊星、タッグ組もう。デュエルがしたい」

どう?、と差し出される手。細められる瞳。それに刹那、目を奪われた。
瞬くことを忘れた蒼は、しかしはたと自分を取り戻す。
いつものように引き締められる表情。そこに称える、蒼い炎と。

「…お前となら」

口元に、笑み。掌が重なる。
それを受けた彼はまた、にこりと笑みを返した。


**


ひと度闘志に火がついた彼に、デュエルで勝利できる者はそうはいない。そして遊星自身もまた、現デュエルキングだ。そんな二人のタッグに敵う相手はおらず、周辺にいたデュエリストに片っ端から挑み回った結果は全勝。そうして市街地から練り歩き、噴水広場が見えた頃には、東の空に星が瞬きはじめていた。薄暗くなり始めた大地に、噴水の水が湛える橙が映える。建物の隙間から射す西陽に、遊星は目を細めた。
遊星に倣って帽子の下から夕焼けを眺めていた彼が、ふと広場の時計に目を移す。

「…そろそろ帰ろうか」
「もう帰るのか?」

いつもなら夜が訪れるまで市内を歩き回っている彼が、珍しい。
振り返った遊星が微かに小首を傾げる。それを横目に一瞥した赤茶の瞳は、笑う口元と引き換えに、被り直した帽子の下へと隠れた。

「明日もきっと、楽しい日なんだ」
「…?なにか予定でもあるのか?」
「ないよ。…今のところはね」

不可解さが表情に滲み出る。眉を寄せる遊星に、彼はまたクスリと笑って向き直った。遊星からは死角になっていた左手に、白いなにかを携えて。
いつの間に、どこからそんなものを。遊星が問うよりも早く、彼が口を開いた。

「これ、遊星に」
「俺、に?」

そう言って、瞬きを落とす遊星の手を取り、自身の腕の中にあるそれに導く。その彼の動きを視線で追った先で出会った、グローブ越しのふわふわと心地よい感触。その姿を認め、瞬く。
くりくりとした愛らしいの瞳に、三角形の耳。猫のぬいぐるみだ。
不意に、射していた陽が遮断される。影が射す。何事かと顔を上げようとした矢先、耳に吹き込まれた、彼の声。

「――今日はありがとう」

至近距離。透き通る赤に反射する、自身の蒼。燃える太陽の色を飲み込んで、赤く、赤く映える蒼。
やがて赤は、ゆるい三日月を型どる。

「―また明日」

囁く声が、薄く笑む。脇を抜ける。風が舞う。
はたと我に返り、慌てて振り向いた先にはしかし、あの赤はなく。

「明日……?」

答える者がない問いかけが、赤く染まる空気に霧散する。
腕の中で、白猫の首に結ばれた藍色のリボンが赤く、たなびいた。



-fin-




翌日イベント発生




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