ありがとうの日 







ぱさり。


玄関のドアを開けると、目の前になにかピンク色のものが現われた。
近すぎてピントが合わずにぼやけた、淡い桃色。
それがなんなのか分からなくてぽかんとしていると、少しだけ視界からズラされたその色の向こう側に遊戯が顔を覗かせた。

「プレゼント」

緩く笑って、オレのドアを支えていない方の手を取り、そっと何かを握らせる。
その動作を追って降ろした視線の先には、

「……カーネーション?」

綺麗に咲いた、桃色の一輪。透明なセロハンで覆われて、持ち手には赤いリボンが括り付けてある。
どうして急に花なんて――。
そこまで考えて、ふとその花に関するこの国のイベントを思い出した。…もしかして。

「…なぁ遊戯、これってまさか、」
「母の日だぜ」

笑って返された言葉は、予想していたあまり聞きたくないものだった。
うぅん……これはまたどうしたものか。

「えーと…遊戯、母の日って何する日か知ってるか?」
「いつも家事や仕事をしてくれる母親に感謝して、カーネーションをあげる日だろう?」

何か間違ってたか?とちょっと首を傾げる遊戯にいや、と短く返して、オレは頭を抱えてその場に座り込みたくなった。
イベントの意図は間違ってない。ない――けど、渡す相手を大きく間違えてるぞ遊戯。
それじゃオレがお前の母ちゃんみたいじゃねぇか!ちょっとそれは恋人として反応に困るんだけど。っていうか凹む。

「ぇ、ちょ、城之内くん?」
「…あのよぉ遊戯」

思わず首垂れたオレに、遊戯が顔を覗き込むように一歩踏み出す。

「……オレってお前の、なに?」

少し顔を上げて、視線を合わせて。
すると遊戯は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、口元で微笑んだ。

「―君はオレの大事な親友で、ライバルで、たった一人の恋人、だぜ」

最後はちょっと照れたように。
どうやらちゃんと恋人ポジションはキープされてるらしい。されてるんだけど、

「じゃあなんでオレにカーネーション?」
「だって、城之内くんはいつも、家事やバイトを頑張ってくれてるだろう?」

まっすぐな視線に、瞬きをする。遊戯が言葉を継いだ。

「もちろん君はオレの母親じゃなくて、一緒に住んでるわけでもないからオレのためにしてくれてることじゃないけど、でもそのおかげで君がこうして元気に生きていてくれてるなら、オレは頑張ってくれる君に感謝しなきゃいけないじゃないか」

だから、ありがとうって。

「……」

柔らかく細められた瞳に絶句する。
ああ、そうか。確かにそれは母の日、かもしれない。
一番肝心な「母親」の意味合いがなくなってるけど、でも。

「ありがとう、城之内くん」

オレの持つカーネーションを軽く手で引き寄せて、オレの恋人はその花弁に唇を落とした。

(桃色のカーネーションの花言葉は、『あなたを熱愛します』。)



-Fin-




執筆(09/05/11)
修正(10/04/10)





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