「レグルス、あーん」
「あー…んっ」
「はい、ジュース」
「ありがと…」
利き手を怪我したレグルスの腕代わりに食事を手伝う事になったアゲハ
自分で食べる時よりも大きく口を開け、むぐむぐと雛鳥のように食べるレグルスが可愛く、ついつい頬が緩んでしまう
「ミートソースついてる」
「んっ、ありがとう…」
真っ白なハンカチで口についたソースを拭き取ってあげると、レグルスは照れくさそうにお礼を言った
何故警戒心が強く、人をあまり頼らない彼がこんなに素直に受け入れるのかというと、数分前…
「レグ、食べにくくない?」
「…大丈夫、です」
「でもボロボロこぼしてる。あ、チキン落ちた!ソースでベトベトしてて汚いよ」
「……」
マダムポンフリーがしもべ妖精にここまで運ぶように頼んだ2人分の夕食
レグルスが大好きなチキンもカボチャジュースもあったが、問題は利き手でない方の手でどうやって食べるかだった
プルプルと震える左手では、チキンを一口サイズに切り分ける事もままならない
そんなレグルスを不憫に思ったアゲハは、残りのアップルパイを口の中にかき込み、レグルスからナイフを取り上げた
「左手じゃナイフもマトモに使えないじゃない、誰もいないから食べさせてあげるわ」
「いいよ。そんな事しなくて…」
「いいから。それにこれ以上シーツを汚したらマダムポンフリーに叱られるわ」
「……」
レグルスは食べさせてもらうなんて嫌だと思ったが、マダムポンフリーに叱られるのも嫌だと思った
それに、アゲハは自分を介護する気満々で目をキラキラさせている
「(断ったら拗ねて口聞かなくなるんだろうな…)」
レグルスは意を決したようにため息をついた
そして今に至るのだ
アゲハの手により、残りの夕食を完食し、暗くなった外をぼんやりと眺める
アゲハはしもべ妖精に食器を片せた後、レグルスが汚したシーツを洗ってもらうついでに自分も一度シャワーを浴びてくると言って出て行った
夕食の時間も終わり、本来の消灯時間より消灯時間が短い保健室では、既に部屋の明かりは消え、サイドテーブルのランプだけが明かりを灯していた
誰もいない保健室は、図書館とはまた違った静けさで心を落ち着かせる事ができる
レグルスは久しぶりにリラックスする事が出来ると喜び、思わず笑みが零れた
そんな中で無意識に見上げた夜空はとても綺麗で、珍しく晴れ渡り星が見えていた
「綺麗だなぁ…(なんか眠くなってきた…)」
「ほんと、神秘的で綺麗だねー」
「…アゲハ、随分早かったね」
「うん、しもべ妖精さんがね、わざわざ寮に戻らなくてもいいようにって私の着替え持ってきてくれて、保健室近くのシャワールームも教えてくれたの」
まだ生乾きの髪を丁寧にタオルで包み込み水気を取る
アゲハが歩くたび、ワンピース型のネグリジェがパタパタと靡いた
「そっか、ここの近くにシャワールームがあるなんて知らなかったよ」
「私も。保健室だから水回りは近くにあるんだねー」
座っていた所に少しスペースを空け、アゲハが座れるように横にずれる
「ありがとう」
「うん」
レグルスの隣に座った時、ふわっと爽やかな匂いが香った
「……」
「…レグルス?」
「今、スッキリした匂いがしたから」
「だってシャワー浴びてきたんだもん」
「この匂い…ペパーミント?ボディソープの香り?」
ナチュラルにアゲハの左手首を自分の鼻まで持って行き、吸い込むように匂いを嗅ぐ
「っ…ううん、シャンプーだよ」
「ほんとだ。ボディソープはミルクの匂いだね」
「うん…」
普段はクールビューティーなのに、今は天然ちゃんのような自由気ままな態度のレグルスに、ドキッとした
「(レグルスってこんなキャラだったっけ?)っあ、きゃぁ!レグルス!」
「…ん?」
「も…もうすぐ消灯時間だよ?」
「でも、まだここにいて」
「…う、ん…」
後ろから抱き締められ、思わず体が硬直する
そのままアゲハの華奢な背中に、力が抜けたレグルスの重たい体がのし掛かり、耐えきれなくなって横に倒れてしまった
「わっ、うっぷ!!(もしかして、眠いのかな…?)」
左肩に熱い吐息が掛かる度、心臓が痛いくらいに早く、ドキドキと動く
「レグルス、起きて…」
「ん…起きてるよ…」
「…寝ぼけてるじゃん…」
シーツを握り締め、恥ずかしさに耐えていると、不意にレグルスの腕から解放された
「レグルス…?」
「……ん」
後ろを振り向くと、寝ぼけたように目をトロンとさせたレグルスが、ぷちゅ、っと額に唇をくっつけてきた
アゲハが見たこともないレグルスに呆然としていると、腰にレグルスの足が絡みつき、完全に体が密着した状態で、レグルスはそのまま眠りにつき、どんなに呼び掛けても動かない
「…え、ちょっと、レグ?」
焦ったアゲハは体を捩らせ、何とかレグルスから解放されようと試みるが、逆にキツく抱き締められ、逃れられなくなってしまう
「(どうしよう…)」
爆睡するレグルスにきつく抱き締められたまま、冷や汗をかきながらアゲハは眠れない夜を過ごす事となった