▼そんなぼくらのなやみごと
謙也さんに逆ギレまがいな告白をされて一ヶ月。
……………………おれたちの間に特に変わったことはない。
そう、それが問題なんや!!
「……………正式なお付き合い一ヶ月で何もないってありえないやろ………」
口に出したのは自分だが、口にだしたらその問題の重さが増した気がする。
くそ、大問題に展開したわ。
「謙也さんとお手々繋ぎたい………」
背も何もまだ全然届かない俺だけど、謙也さんと手の大きさは実は結構均衡している。
だから手を繋ぐ、なんていう小さなことは、俺が謙也さんをいつか守れるような男になれるという自信に繋がる大きな行為で。
謙也さんに対して自信がない俺にとって、大事な希望の光なんや。
なのに………
「繋げない………!!」
謙也さんと手を繋いだのは謙也さんに告白されて、自然と引き寄せられるように繋いだ時だけ。
たったそれだけ一回きり。
帰り道といい何といい、チャンスは穿いて腐るほどある。
なのにいつもいつも謙也さんといると微妙な空間を開けてしまう俺。
いや別に謙也さんが嫌いとかやなくて、いやむしろ謙也さん俺大好きやからな!!
じゃあ何で繋げないかというと、ただ一緒にいるだけで、そう、俺は超あがってしまう。
謙也さんの可愛い話も九割方聞いてない。というか自分の心臓がうるさくって聞こえない。
ああもうなんて情けないんやろ!!
いつも謙也さんをへたれへたれ言ってたけど俺も大概やと思う。
何か頭でやーいやーいへたれ財前ってこだましてるもん。
…………だけど、仕方ないやん。
あの魔のフラれた謙也さんを支えよう週間(俺命名)は完全に俺のトラウマになってしもうてる。
謙也さんの傍で支える為には謙也さんへの恋愛感情なんて気づかせる訳にはいかなかった。
だから絶対に出さないよう、出した瞬間全てが崩壊する、というネガティブ精神からの恐怖で恋愛感情を出せないようにした。
それはどうやら相当根深く俺を縛り付けたようで。
謙也さんを支える為とはいえ心を押し潰し過ぎた俺はとんだ臆病者になってしもた。
謙也さんが俺を好き、と言ってくれた時は本当に嬉しかったし、実ったとも思った。
自分の無駄で切ない意味もない悲しく辛い謙也さんを支えるという努力が実った、って。
けど、謙也さんが好きになった財前光はどんな奴や?
あの謙也さんを支えよう週間の俺は(自分でいうのもアレやけど)本当に出来た奴やったと思う。
そりゃそうや。
謙也さんを支えることが第一に、自分の気持ちなんて無視したバがつくお人よし行為なんやから。
じゃあ、そんな出来た財前光と今の財前光を比べたら。
「…………酷いもんやな」
今の俺は、謙也さんに対して一歩踏み出すことすらできない臆病者。
そのくせ独占欲は強くて、心ん中はガチャガチャと散らかって整理できない。
謙也さんが惚れたのは、部長に対してタンカをきって、泣いてる謙也さんを優しく包容力を持って受け止めて、さりげなく元気づけてやれる心地好い空間を作ってやれて謙也さんを支える財前光や。
こんな財前光に、謙也さんは惚れたんやないのに………
ああもう、目の前が霞んで見えへん。
自信が、欲しい………
謙也さんに対しての、自信が………
「ざーいぜんっ」
「謙也さ……!!」
「何ボーッしてんねん。はよ帰ろうや、腹減ったわ!」
「あ……………」
目の前にニコニコ笑ってあどけない謙也さん。
…………どうしよう。
自信なんて皆無なのに、謙也さんに相応しい財前光やないのに、この人が…………欲しくて堪らない。
恋人って関係なのに、俺は謙也さんのキスも抱擁もセックスもしてない、謙也さんを自分のものっていう証を持ってない………だから、
「謙也さん…………」
この人が欲しくて堪らない。
そっと謙也の頬に触れる。
目の前にいる謙也さんは驚いたのか目を見開いている。
ああ、可愛い。
愛おしい…………
このまま………
このまま…………
「って、アカァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!」
「ちよ、光!?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!!!助けてユウジせんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!」
脱兎の如く自分の教室から逃げ出した財前の跡をポカンと謙也は見つめていた。
そして、
「またユウジかいな………」
むうっとふて腐れたような顔をして、光が座っていた席に座る。
幸い光の鞄は置いてあるままだ。
光は戻ってくるだろう。
本当は追いたい。
追いたいけど、
「光に無理させたらアカン………」
俺が光にしたことは、自分に置き換えてみれば本当に恐ろしく残酷なことで。
あの優しい笑顔の下でどれだけ苦しんだんだろう。
その苦しみを、どうか、
「俺に見せて欲しいわ……」
恋人なんや。
傷つけてきたからこそ、俺は光に報いたい。
いや、報いたいというより、愛したいんや。
分かってる光?
光っていう存在自体に俺は今1番依存して固執して愛してしまっとるんやで?
白石のときみたく間接的に愛してくれるんやなくて。
恋人として直接俺を愛して。
だから早く、
「俺をみて……光……」
謙也の言葉は夕暮れの教室に沈んでいった。
「うっ……えぐっ……俺、俺……なんだって……うえっ………嫌やこんな……情けない………っ」
「……………………………まさか相談する前から半泣きかいな。財前お前性格変わったか?」
「け、謙也…さん、に対して……だけっ……はっ……感情をっ……コントロール、でき、ない……!」
「うん、まぁ分かった。とりあえず鼻をかみや。イケメンが台なしやろ」
渡されたティッシュで鼻をかむ。
ごみ箱に丸まったティッシュが貯まったところで、ユウジは話を切り出した。
「ようやく謙也と付き合えるようになって幸せいっぱいかと思ってたんやけど………どうやらそうやないみたいやな」
「はい………」
えぐえぐとしゃっくりをあげる財前にユウジはため息。
立ち上がると思い切り財前の頭にチョップを噛ました。
「まずは落ち着けや」
「は、はい………」
痛む頭を押さえて素直に返事をする財前にユウジはまたため息。
「お前の毒舌どこにいったんや。世界一周旅行中か」
「毒舌は………だって俺、謙也さんに嫌われたないし………」
「…………ここまで人をダメにするほど変な方向に深く恋愛した奴は始めてや………」
口元を引き攣らせたユウジさん。
ユウジさんには言われたくない、と思ったけど、そこは黙っておく。
カウンターでもされたら首吊りしそうな勢いなくらい悩んでるんや俺は!!!
「……まず情けないっていうたな。」
「はい、」
「情けなくなんかないで」
びっくりして顔をあげると苦笑したユウジさん。
なんか兄ちゃんみたいな優しさを感じるわ……
「そうやって恋人に対して悩んでるっていうことはそれだけ恋人を愛してるってことや。まずはそこ、忘れたらアカン。誇るべきところや」
「誇る………」
「むしろ恋人について悩むことすら出来ない奴なんて豆腐の角に頭をぶつけて死ねばええ」
えげつないことを言いながらユウジさんはパシリと俺の頭を叩く。
「ほれ、悩んでるんは一体どんなことや」
「……………俺謙也さんに対して自信がないんです。優しくって温かい謙也さんに見合う自信がない……。謙也さんを支えていた財前光に、謙也さんは惚れたんだと思うと……」
「…………財前」
いつにない真剣な声音に呼ばれる。
ユウジさんはキッパリと言った。
「お前、謙也がお前の良いとこだけみて惚れたって思うんならとんだ大間違いや」
「え…………?」
「謙也はお前の情けないとこを知って、それでもお前を白石以上に好きになったんや」
「俺、なんかを………?」
ユウジ先輩はぐしゃぐしゃと俺の頭を掻き回して笑った。
「なんかやない。謙也を一心に思ってきた、それだけで十分謙也に相応しい人間や」
「ユウジ、さん…………」
「あとな、謙也が言ってたんや。」
「謙也さんが…………?」
「おん、あんな………」
ユウジさんの話を聞いた瞬間、俺は謙也さんの元に走り出した。
「ったく………世話がやけるお二人さんや………」
「お疲れさんユウジ」
「白石………!」
ユウジが振り向くとにこやかに笑って立っている白石が立っていた。
「凄いなあユウジ……そうやってたくさんの人支えてて」
「そうか?別に思ったこと言ってるだけやで」
「………なあ」
「ん?」
「そんなユウジの愚痴、俺が聞けへんかな………」
呟くように囁いた白石にユウジは少し驚いたように目を見開いた。
「ユウジに振り向いて貰いたいっていう下心やない。好きな人の小さくてええから、心の拠り所になりたい……それだけなんや」
「………お前どうせ今心で『完璧無駄なしなセリフや……!!ンーッ、エクスタシー!!』って思ってるやろ」
声音を完全に真似たユウジの言葉に白石はずっこけた。
「な、なっ……!!」
「当たりやろ?ま、ちょっとだけならええよ。心の拠り所にしたったって」
「ホンマ!?」
嬉しげに笑った白石にユウジはニッと笑った。
全力で廊下を走る。
途中誰かに怒鳴られたけど気にせず走る。
さっきまでウダウダと悩んでいたことで分かった。
俺は謙也さんに見合うとかそんなんばっか考えてたから見えなくなってたもんがたくさんあったんや。
俺は謙也さんが好き。
好きなら、見合う見合わないで悩んだりしないで、いかに謙也さんに愛を伝えるか、それに悩まないといけなかったんや。
「謙也さん!!」
バンッと教室を開ける。
謙也さんは夕暮れを浴びた金髪をキラキラさせながら俺の席で眠っていた。
それは、待つのが嫌いな謙也さんが、俺を待っていたということで。
「謙也さん………」
息を切らしながら謙也さんが待っていたという事実に心が浮き立って喜ぶ。
あんなにでかい声を出していてアレやけど、そろそろと静かに謙也さんを起こさないように近づく。
投げ出されたような右手をそっと握る。
温かい、愛しい。
そんな思いが溢れる。
謙也さんの口がもにょもにょ動いたと思うと蚊が鳴くような小さな声だったけど、確かに聞こえた。
「光………」
まるで今まで謙也さんへの思いが爆発したように謙也さんを愛したくて堪らなくなった。
まるで衝動に任せるように、俺は謙也さんにそっと口づけた。
カサカサして少し乾いてる謙也さんの唇。
俺にとっては極上の蜜だった。
「………ちゃんと起きてるときにせぇよ…」
パチリと目を開けた謙也さんに目を見開く。
謙也さんは柔らかな苦笑を浮かべて『待っとったで』と囁いた。
「俺が待つなんて凄いと思わん?」
「謙也さん……ユウジさんに、聞きました……」
『謙也はな、財前を傷つけたことについて凄い後悔してる。やから前な、言ってたんや。財前に俺なりに愛を伝えたいってな』
「………うん。光が悩んでたように、俺も悩んでた。あんなに光を傷つけた俺が光と恋人になってええのか、って」
「謙也…さん……」
「だけど、光が好きだから恋人になれたから、そんなんやダメやと思ったん。だからな、財前のことは、精一杯待つんや。待つのが嫌いな俺が待つなんて、凄い愛情表現やない?」
「はは、」
小さく笑って夕暮れに照らされた謙也さんを見つめる。
橙は、この人に似合う。
「財前、もう一回キスして」
「…………わかりましたわ」
左手は謙也さんの背に、右手は謙也さんの手と絡ませ、顔をゆっくりと近づける。
ふわり、と唇が触れ合った瞬間、俺はこの世の本当の幸せを感じた。
花が咲くように、謙也さんといると周りがキラキラする。
謙也さんが、大好き。
夕暮れと夜が混じり合った光りに照らされながら、俺達はずっと口づけていた。
とりあえず、まずは謙也さんと手を繋いで、一緒に帰りたいな、と願って。
きっと謙也さんは、笑って手を差し出してくれるんだろう。
そんなぼくらのなやみごと
(伝えよう、貴方に愛を)
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