零:これからも宜しくお願い致します。敬具-

目の前に5本の日本刀。事務的に告げられた「お好きな刀をお選びください」とアナウンス。
なんとなく目の前にあった刀に手を伸ばしたところでごとん、とものが落ちた音が聞こえた。
「何の音ですか?」
『お気になさらず、先日死亡した審神者の刀を回収していたのを落としたのでしょう』
「ふうん」
音がした方を振り返るとおよそ人の形をしてはいるが人間ではないモノが1本の刀を拾っていた。
「強そうな方ね。あれはどうなるんです?」
『廃棄処分になります。主を失った刀はあるだけ無駄ですから』
「じゃあ、私あれがいい」
人差し指でソレを差せば、驚いたようにモノが狼狽える。
『しかし…』
「私は別に自分が望んでここに来たわけでもない、ここで死んでも何もないし、渡したお金を回収しても文句はない、どうでもいい」
『死なれては困ります。このご時世審神者になりうる器を持つ人はごく一部』
「わがわままなのはわかっているのだけど、あの刀が気になるのよ」
『…わかりました、特別ですよ』
モノはゆっくりとその刀を持って来て私へと手渡した。
ズシリと重いその刀に命を感じた。

本丸と呼ばれた仮想空間に入れられ、自室へ通される。
貰った刀「へし切長谷部」を腕に抱き、この世の物には思えない空間へ生唾を飲み込んだ。
「顕現させないといけないんだった」
煙管に葉を置き、燃やす。一息吸い、吐き出せば心地よい煙が身を包む。
審神者の講習会で出会ったオジさんがたばこを吸っていた。

『たばこは良い、嫌な事とか弱音をよ、煙にして吐ける』
『ため息みたいなものなんですか?』
『ため息より白い煙がその貯め込んだものに見えて良いんだよ』
『そういうものなんですね』
『お前も色々貯め込んで育ってるみたいだし大人になればわかる』

息を吸って吐く、私は何にも満足していない。まだ、何にも。

目の前に置いた日本刀へ手をかざし「おいで」と声をかける。
庭の桜が動いて、目の前に花びらが舞う。花吹雪で見えなくなった刀の場所に、居たのは煤竹色の髪色をした男が正座をし座っていた。
「へし切長谷部、と言います。主命とあらば何でもこなしますよ。」
「へし切長谷部…」
「長谷部とお呼び下さい。主」
ふっと笑う長谷部を見つめ、目を瞑る。
「うん、よろしく」
手を差し出せば驚いたような顔をする長谷部。
「握手よ、わかる?」
「ええ…まぁ」
白い手袋越しの手はしっかりとしていて、これが付喪神なのかと驚いてしまう。
「長谷部」
「はい」
「私は貴方を見て、一目で気に入りました。力強そうな刀身。鮮やかな鞘、必ず私は貴方を使うと決めたの」
「うれしいお言葉です」
「だから私は貴方を手放すことは絶対にしないから」
目の前の長谷部は目を開き、驚いてから口角を上げた。

「さてと、鍛刀をしないと、長谷部だけじゃ出陣できないわ」
マニュアル通りに鍛刀を行えば、30分かかると小さな職人に言われ鍛刀部屋を後にした。
「長谷部」
「お呼びですか主」
「お昼、作るけど何食べたい?」
「そんな主が行わなくても俺が作りますよ」
「今日はまだ暇なのよ」
「特に食べたいものというのも…」
「鍛刀した刀が30分でできるから、そうね、暑いしそうめんにしましょう」
「ではお湯を沸かしておきます」
「ありがとう、着替えたらすぐ向かうわ」
小走りで奥の部屋に走り、自分が持ってきた服へ着替える。
家の中に誰かがいて、私の存在があるものとして扱われるのは心なしかうれしく思う。
「思ったよりも私は審神者に向いているのかもしれないわ」
独り言を呟きながら、長谷部が待っているキッチン…もとい厨へ向かった。