07.よくある御伽噺の終わり

07.よくある御伽噺の終わり

乾いた銃声が聞こえて十四松は冷えたことのない指先が凍った気がした。
「っ…」
「どこ!?どこ撃たれたの!?」
「動、かないで十四松っ…」

ドクドクと自分のものじゃないみたいに激しく動く心臓に覚えのない吐き気まで出てきた。
自分の腕の中にいるこの子が死ぬ。
そんなことあってはいけない。

弾丸が飛んできた方を見れば顔剥ぎレディの仲間らしき人間が、200m先程にアサルトライフル片手に立っていた。

冷え切っていた内臓と連動するみたいに頭の中が冴えわたってる。
「こ、ろさなきゃ」
「、じゅ…」
なまえは瞳孔の開ききった十四松に体が冷えた。撃たれた箇所から血が流れているせいかもしれないが全身が恐怖で震えた。

今までも数回彼の(兄弟たちがいう)「キレた」状態というのを見てきたが、今回はなぜこんなにも恐怖を感じるのだろう。

ぱっと離れたぬくもりが、一目散にナイフ片手に走り抜けていく。支えがなくなった私の体はがくんと崩れるように倒れて…。



なまえの体が地面に倒れるのは分かっていた十四松は、およそ人間には思えない速さで駆け抜け、彼女を撃ちぬいた男の顔面にナイフを突き刺した。
途中、骨に引っかかった気もしたが、十四松の腕力は常人よりも強く、いとも簡単に敵の顔面の骨を切ってみせた。

「切った」というよりは無理やり突き刺し、砕いたが正しいのかもしれない。顔面にナイフが刺さった男はそのままショック死をしたが、十四松は気づかず、いやでも本当は気づいていたのかもしれないがただひたすらにナイフを突き差し、抜いて、そしてまた突き刺した。

男の顔面は最早人とは思えぬほど滅多刺しにされ、赤い血だまりと肉片が周囲には広がっていた。
「はぁっあっはぁ…っ」
「そんなにこの子が傷つけられたのが許せない?」
後ろから聞こえた声にはっとして十四松は振り返る。
「っうん」
よくおそ松兄さんや、カラ松兄さんに無我夢中になりすぎて周りが見えていないから気を付けろと言われた。

「でもあなた、途中から笑ってたわ。本当はあの子なんてどうでもよくて、暴れたかっただけじゃない?」

にっこりと笑った顔剥ぎレディの右手にはなまえと同じ拳銃ベレッタ92の銃。
そして銃口は自分の方を向けられていた。
部下のような人に倒れたなまえを抱えさせ、女が笑った。
「大事なものは手から離しちゃだめよ」
パンッと軽い音がして自分の頭に銃が当たり、意識が飛んだ。

「…っ四松っ!十四松!!!」
「…ぅん…?」
「チョロ松兄さん!十四松が目を開けた!」
「十四松!ここがわかる?アジトだけど!」
「…一松兄さんと、チョロ松兄さん…?」
ぼんやりと目を開けた十四松に駆けより一松が手をなでた。

「…お前至近距離で撃たれたのに頭蓋骨陥没で済んだんだよ」
フツーありえないから、と口を尖らしチョロ松が言えば今にも泣きそうな一松が少し笑う。
「…チョ、ロ松兄さん…なまえは…?」
「…いいよ、なんとかするから」

「うっ…うわあああああああっあっ…っ」
ぼろぼろと十四松の目から涙が零れてベッドに染みを作る。
「十四松…」
泣くな、というかのように一松が下を向きながら十四松の背中をなでた。
励ますはずの一松の目はなまえが連れ去られたという事実と、十四松が死ぬかもしれないといういう不安で既に泣いていたのだろう赤かった。

その瞬間、部屋のドアが荒々しく開き、青いYシャツに身を包んだカラ松がつかつかと十四松のベッドに近寄った。
「十四松」
「っう…カっラ松兄さんっ」
バシンッ。
泣きながら顔を上げカラ松を見ようとした十四松の頬に平手打ちをした。
「泣いてる場合じゃない、早く状況を言うんだ」
「おいクソ松!十四松はケガをして…っチョロ松兄さんまで!」
カラ松に掴みかかろうとする一松をチョロ松が抑え座らせる。

怪我人(ましてや重傷)である十四松の頬を平手打ちした男の肩を持つなんて、信じられないと一松が睨んだ。
「十四松、よく聞け。なまえは連れ去られた。何があった?どういう状況だった?思い出せること全て言うんだ」
その顔は切羽詰まっていて、口元には青タンがあった。
「おそ松兄さんは?」
チョロ松が見かねて口をはさめば、カラ松は眉間に皺を寄せたまま口を開いた。
「奥で準備してる」
「わかった。十四松、なにがあったの。ゆっくりでいいから俺らにも話して」
チョロ松が再度聞き十四松は口を開いて、あの状況を語りだした。




「十四松兄さん、相当キレてたんだね…」
「この顔面はねえわな」
十四松が滅多刺しにし、原型がわからなくなった男を見ながらおそ松は苦笑した。
「トド松」
「なぁにーおそ松兄さん」
「…」
「え?」
「…んーやっぱなんでもない。準備しとけよ」
「了解ー」
おそ松の部屋を表す赤い扉を抜けてトド松はドアにもたれかかった。

『この世で一番残虐なやり方で殺さないとな』

聞き間違いではない。

トド松の中で、力が強く血の気の多いカラ松も、人が苦しむ方法をたくさん知っているチョロ松も、撃ってる最中に快感を感じる一松も、殺しの時に意識が飛ぶ十四松も怖くなかった。

おそ松兄さんだけ、わからない。
飄々としていて、いざ残虐に他人を殺すのは弟(僕)たちで、交渉の場はハラハラするけど人を残虐に殺すのはストレスになる。そんなストレスをあまり感じないから、おそ松兄さんはずるいとまるで子供みたいに思っていた。
そして少しだけ、甘く見ていた。

一瞬で全身に鳥肌が立つ。
死の恐怖を感じた。
あの恐ろしい感覚の横に、普段はアホみたいなカラ松兄さんと自意識ライジングなチョロ松兄さんは立っていると考えたら途端に2人にまで恐怖を覚えた。

そして再確認。

「僕たちって、本当に可哀想な6つ子」

トド松の小さな声は誰にも聞こえなかった。




なまえは夢の中にいた。
自分が夢を見ていて、その夢が過去のものなのも理解していた。

小さな私は毎日狭い部屋から海を眺める。
毎日、毎日、変わらない。

身体だけ大きくなり、最後は性癖のねじまがった屑に性奴隷として売られるのだと、実の母親の言動では理解していた。
それならば最初から何も思わなければ、いい。
諦めが全身に染みついて、いつしか感情も言葉も捨ててしまった。

あの日、母親が母親が私の箱を開けなければ世界は変わることのなく、毎日が同じようにすすむはずだった。

「なまえ」

「こんにちは」

『私』を殺しに女が来た。

「今日から貴女に色々教えるMrs.レディよ。宜しくね」
「…」
「あら、長い間軟禁していたから言葉がわからないのね」
「任せて下さいませ、私がなまえを立派なサーカス員に育てますわ!」
「期待してますよMrs.レディ」
目の前で繰り広げられる会話に目を丸める。
サーカス?
母親が出ていきMrs.レディと名乗る女と二人になった。

「貴女、体の発達が遅いからってサーカスに売り飛ばすそうよ。可哀想な子…」
「…」
「とでも言うと思った?」
母親に向けられていたにこやかな顔とは豹変し、崩れた表情で胸元に入れていたのだろう巻きたばこに火をつけた。
「この程度で悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよ。貴女愛されているじゃない、サーカスなんて性奴隷よりマシよ」
鼻で笑ったMrs.レディをじっと見つめ口を開いた。
「貴女も嫌な思いをしてきたの?」
「…喋れるじゃない、意外と可愛い声ね」
Mrs.レディが目を丸くして煙を吐き出した。
「そうね。嫌な思い、たくさんして来たわ。でももうおぼえてないわ」
「なんで?」
「死んだから」
「死んだ?」
「あの嫌な思いをしてた『女』は死んだ」
怪しく笑って彼女が頬に爪を立てた。ベリッベリッと音を立てて、皮膚がはがれる。
「『貴女』も死ねばいい、生まれ変われば今まで捨ててきたものまた新しく拾えるわ」
隠れた皮膚の下、Mrs.レディの本当の顔はよく覚えていない。

そしてその言葉の通り、彼女は私に「私を殺し、別の人間になる」方法を教えた。

あるときは明るい女の子、ある時は本の虫の大人しい女の子、顔を変えれば変えるたび自分ではなくなった。

捨てたはずの感情は他人になるたびに新たに拾い、そしてまた必要でなくなったら捨てた。

Mrs.レディは私にたくさんの事を教えてくれた。
変装の技術、言葉遣い、接待の仕方、サーカスでの客の取り方。
彼女は本当にコロコロと変わる。
けどいつしか、Mrs.レディは私のことを少し愛していると思った。
「Mrs.レディは誰から技術を教えてもらったの?」
「ずっと昔、愛する先生がいたのよ」
「その先生は?」
「もう死んだわ」
「悲しい?」
「悲しかったわ。けどどの自分が悲しいのかもうわからないの」
人を愛しても忘れてしまう可哀想なレディ。私の部屋からずっと遠く、海のかなたを見つめて言った。



「起きたかしら」
「…顔剥ぎレディ…」
「久しぶりね」
目が覚めて、周りを見渡すと柵格子の先、背もたれのある椅子に座りティーカップで紅茶を飲みながら顔剥ぎレディはうつぶせで倒れる私を見て笑った。
「ずっと会いたかったのよ…」
かちゃんっ。軽い音がして鍵が開いた。
レディが中に入ってきてうつぶせの私の背中にある傷口をなでる。

「『会いたかった』ですって?そんなくだらない感情『次の貴女』になればすぐ忘れるじゃない」
にらみつけるときょとんとした顔でレディは考えるような顔をした。

「そうね。なまえったらちゃんと覚えているのね」
「貴女は顔を変えるたびに前の顔の女を殺している。前の女の感情なんて覚えていないでしょう?それなのに『会いたかった』?馬鹿にするにも程があるわ」
息が続く限り言い放てば頭を押さえフラフラと動く。
「うふ、ふふふ。本当に『私』の生き写しみたい」
顎に手を置かれ、じっと見つめられる。
近くで見れば顔剥ぎレディの顔を思い出せると思ったけど、当然違った顔をしていて思い出せない。

「あああああああああ本当に嫌なのよぉ!!!貴女の顔を見ているとお腹のあたりがもやもやもやもやもや!吐き気がする!お金であなたを育てたとはいえ死んだと聞いた時とても悲しかったの。この感覚も気持ち悪くて仕方なかったわ!!!それなのに今度は貴女が生きていてしかもあの使えない6つ子といると聞いた時の私の気持ち考えたことあるかしら!貴女が成長したのを見た時、貴女は私とそっくりになっていた!あの時のね!貴女を育てた『あの時の私』はもう10年も前に死んだ!!『死んだはずなのに私が生きている』感覚がするのよおおおおお」
半狂乱になったMrs.レディが私の髪を引っ張り平手打ちをした。
「気持ち悪くて気持ち悪くて…今にもあの時の『私』が言うのよ『本当はこの子が愛おしくて他にとられたくないのよね、貴女の子供みたいなものよね』って、そんなわけあるはずないわ。報酬があったから貴女を愛し育てたし、私は子どもなんていらなかったしいらないもの!あのときの私はどうかしてたの!!この感情をモヤモヤを無くすには貴女を殺すしかないのよ!!!!」
「可哀想」
「…は?」
「とでも言うと思った?今のあなたは身から出た錆じゃない」
ふっと鼻で笑い睨めば崩れた表情がわなわなと怒りに震えた。
「貴女今の状況をわかっているの?死ぬのも生きるのも私の手の中なのよ」
「貴女が言う『私』はもうとっくに死んでるもの。今はあの六つ子の『なまえ』よ、あなたが知っている『なまえ』は死んだの」
「なまえのする変装は全部見た目だけ!!中身は変わってない!私が教えてあげた一つもできない甘ったれの小娘が調子に乗るな!!」
「甘ったれの小娘に現状取り乱しているのは誰?顔剥ぎレディ?それとも、Mrs.レディ?」
引っ張っていた髪の毛から手を離し、蹴られ何度も何度も踏んできた。
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
痛いと思う感情と、今にも泣きそうな顔剥ぎレディもといMrs.レディに私は同情した。
あの六つ子に会わなければきっと私もこうなっていたんだろう。

完璧な変装は心も変え装う。今の自分を受け入れられなくて、新しい自分に変わるたび、どんどん『自分』が分からなくなってくる。
上書きをしてしまうと戻れない。
戻りたいけどその『私』には戻れない。
自分を守るためにしたのに、肝心な自分を忘れてしまうんだから、本末転倒だ。

レディは私のことを愛してくれた、穏やかで敵意のないあの生活に戻りたいと心が泣いている。けどもう戻れない。そんな時に戻りたいけど戻れない時の自分がいたらと思うと、ぞっとする。


「可哀想な顔剥ぎレディ…貴女が言ったように私は両親にも貴女にも愛されていたわ」
6つ子にも、ね。そこで意識はなくなった。