02.淑女がいるのは昼間だけ

昨日は少しだけハラハラした。倒れるように部屋に入り、化粧も落とさず寝てしまったようだ。起きて自分の姿を見てびっくりするなんてことあるのだろうか。

視界に入る長い金髪がとても鬱陶しい。昨夜は下着姿で寝てしまったようでふらふらしながらもバスルームへ向かった。

「おはよ」
「おはよう、昨日はだいぶ疲れてたんだな」
みんなが集まる共有スペースへ行くとカラ松が足を組みながら雑誌を読んでいた。軍雑誌じゃん…新しい武器でも入れるのかな。
「…何が」
「珍しく髪色が変わってないと思って」
「金髪嫌いだからご飯食べたら染め直すよ」
「なかなか似合ってたぜ…お前のその神々しい金髪と海のようなブルーの瞳…透き通るような白い肌…」
「実際は黒髪、黒目の黄色人種デスケドね」
実際今はコンタクトを入れていないため黒目で肌も普通に白くない。
「そう不貞腐れるなよ…俺はいつものお前が1番だ…っごふッ」
「ごめん手が滑った」
朝から寒イボ立つようなこと言わないでよね、硬い腹にパンチを決めてからずり落ちたストールを巻き直してコーヒーを取りに行くことにした。
「あ、今日車出して」
「?ああ」
首をかしげながら返事をしたカラ松を横目にキッチンへ向かった。


「…いつものなまえだ…」
「うるっさいなー…」
「いや…本当に違うもんだな」
黒い車に乗り込めばしみじみと頷くカラ松にため息をついた。朝とは打って変わって黒髪の黒目の私はこれが本来の姿であり昨日が必死だっただけだ。
「金髪も似合ってたんだが…」
「地毛が黒ですぐにプリンになるから嫌なの」
「(プリン?)そうか…」
あ、次右ね。助手席から道を指示し目的地を目指した。


『久しぶり〜あら?こないだの彼氏さん?今日はまた雰囲気違うわねぇ』
『うん…何度言ってるかわからないけど、こないだの彼とは別人』
『えっ!またまたそんな嘘言っちゃって、みんな同じ顔じゃない』
「…」
飛び交うイタリア語にカラ松は首を傾げた。
「なんの話だ?」
「新しい化粧品の話」
「そうか」
女性しかいないこの店はそわそわするんだろう。カラ松はあまり落ち着きがなかった。やっぱりここに来るならトド松が一番か、でもトド松は車出してくれないからなぁ。
『あ、そうそう。最近無差別に女性が連れされて殺されているらしいの、あんたも気をつけなさいね』
『無差別に?』
『ええ、なんでも若い女がメインターゲットで見つかった時には首から上がないらしいの…』
怖いわよね、と言う彼女から品物を受け取り別れを告げた。店を出て隣のアイス屋でアイスを買い、カラ松と駐車場まで少し歩く。
「最近女の首から上だけを切断して持ってく殺人鬼がいるらしいよ」
「え」
「それと後ろ、ついてきてるね」
足音はあまり聞こえないけど殺意がすごい、見られているという視線は敏感だ。気づかないフリをしてもわかってしまう。
「武器は」
「ベレッタ持ってる15発だけど」
「用意周到だな」
「一応出歩く時は持ち歩くようにしてる、で?カラ松は」
「…素手」
「…仕方ないなぁ」
内ポケットから折り畳みナイフを取り出しカラ松のポケットに忍ばせた。
「餞別」
「弾が無くなったらすぐ逃げるんだ、いいなカラ松ガール…」
「言われなくとも」
歩く方向をどんどん人気のない場所へ変更していき、路地裏まで来た。チラッと後ろへ視線を向ければ相手も戸惑いを覚えているようだった。
「…出てこないな?」
「出てこないならこっちは手を出せないからね」
「ふっ…この俺の隠しきれないオーラにびびってしまうのは仕方ない…少し待つか」
私がおそ松へ連絡をしようと携帯を出したところで破裂音が響いて携帯が飛んだ。
「ッ命中されたカラ松!」
「わかってるっ」
駆けていくカラ松に向かって何発か弾が撃たれるが先ほどの命中力はなかった。カラ松が上手く避けながらも狙撃手へ近づいて行き、手を振り上げた。

「カラ松!?」

振り上げた手をカラ松がいつまでも下ろさない、狙撃手からの発砲音も聞こえない。万が一のためベレッタを手に持ちカラ松に近づいた。

壁に隠れたそこには、カラ松の振り上げた手に怯えしゃがむ10〜12歳位の少年がいた。どっくんと心臓が鳴って頭が一瞬真っ白になる。
「ぁ…」
「…こんな物持って、どこの子だ」
「ひっ…」
怯える少年にフラッシュバックが起きる、怖い、嫌だ、やめて、それは…。じわりと額に汗が流れたところで詰めたてない私にカラ松が声をかけてきて正気に戻った。
「大丈夫か?」
「ぁ…、うん…平気…」
怯える少年に近づく。
「…怖がらなくていいよ…」
少年の手から銃を奪い取りカラ松に渡した、そのまま落ち着かせるように抱き締めた。

「なまえ!何か隠し持ってるかもしれないから」
「大丈夫。ねぇ落ち着いて、あなたはどのファミリーの子」
「ぅ…っ」
ぼろぼろと泣き出した男の子の頭を撫でれば嗚咽がこぼれ始めた。

「ぼ、くはっ…」
嗚咽の漏れる口からこぼれた声は昨日不可抗力とはいえおそ松とチョロ松、そしてカラ松と潰したファミリーのボスの名前だった。

「…っ」

知ってしまった以上、私とカラ松はこの子を処分するしかない。生き残り…ましてやボスの子どもを残しておいてはいつ自分たちが足をすくわれることやらわからない。

震える身体をぎゅうっと抱きしめて頭を撫でた。

「なまえ…」
「わかってる」
怯える少年の手足首をカラ松のベルトと私のベルトで縛る。不安と恐怖で震える目が私をじっと見つめていた、相対して私の手も震える。上手く引き金に指が絡まない。優しいカラ松が心配そうに私の手首を掴んで貸してくれと言った。
「ううん大丈夫」
「なまえが自ら汚いことをする必要は無いだろ」
「大丈夫だから」
私を掴むカラ松の手に左手を重ねて制した。
「ここで止まってたらダメだから」
震える右手の銃口が少年に向けられた。あとは引き金を引くだけ。引け…引け…引け!!!!

乾いた破裂音が響いて。涙で濡れた男の子が地面に仰向けに倒れた。マフィアの子どもらしく助けは求めない。私はその場に座り込んだ。
「なまえ!!!!」
駆け寄ってきたカラ松の左ポケットに入ってる携帯を勝手に抜き、ロックを解除してある男に電話をかける。1コールもしないで出た電話先は恐ろしいほど静かで呼吸音すら聞こえなかった。
「…私の弾はこんな至近距離なのに心臓を外れてた、それなのに頭と心臓横に合わせて2発銃痕がある、あんたでしょ……一松」
「!?」
驚くカラ松が振り返って上を見渡す。裏路地だけあってたくさんの家の窓が見え不自然に開くアパートの1室があった。
「(あそこから撃ったのか)」

『…なまえが撃てるわけないじゃん』
「でも…」
『どうせカラ松も言ったんだろ、いいよ汚いことはしなくて』
お前は守られてなよ。と嘲笑うように言った一松の声が電話口から耳元に響いた。不愉快で吐き気を覚える。そのまま電話を怒りのままに切りカラ松に突き返した。
「一松が撃ったのか」
「…あのサイコパスストーカー…今日付けてたみたい。ごめんこの子の処理の電話、おそ松にしといて」
少しだけ疲れた。その場に座り込んだまま、私は空を見上げた。路地裏の広場から見える空は酷く狭い。少年も、私のように臆病なら良かったのに。勇敢なせいでこんなにも無残に死んでしまった。



電話をぶちっと切られ視線の先では女が携帯をカラ松に突き返しているのが見えた。泣き出しそうな、それでも強がる顔にぞくぞくと背筋が震える。あぁ、良い、その顔。

松野一松はファミリーの中で一番のスナイパーである。500m先から標的のドタマをぶち抜くのに1mmの狂いはなく、援護射撃は得意だ。
朝方野良猫の餌をやっていた際に1番上の兄と3番目の同じ顔をした兄が「取り残しあったから今日はなまえの後を付けろ」と言ってきた為に今日は1日中2人の後ろを尾行していた。

不審な少年がずっと2人をつけていたのも知っていた。一松からすれば2人に気づかれずに少年を処理することも出来た。それでも一松はそれをしなかった、なまえの恐怖と困惑と悲しみの顔が見たいために。
「はは、妬く」
口を開け舌でべろりと唇を舐めて遠くのなまえを見た。横にいる男がどこかに電話しながら背中をさすってあげてるのを見て心の奥がぐずりと刺された気分だ。

なまえがトラウマを克服するのを阻止したい、なまえがうちから離れられないよう縛りたい、依存させたい、僕じゃなくていいファミリーに依存してくれればいい、なぁ、いいよ成長なんかしなくて。乾いた一松の喉から声は出ずにライフルをギターケースへしまった。