08.最恐で最哀の六つ子

08.最恐で最哀の六つ子

カラ松の運転する車は法定速度をぎりぎり違反していた。
いつもは賑やかな車内も別行動となったチョロ松、一松、十四松がいない静寂だけではなく、
助手席に黙って座る1人の男のせいであるとトド松は緊張していた。
「おそ松」
「…なに」
「殺気を少しは隠せ」
「はあ?お前に言われたくないんだけど」
おそ松もカラ松もお互い、イライラしている。おそ松はスーツの懐から取り出したたばこを口にくわえて火をつけ、息を吸う。
白い煙とともに吐き出された息のおかげでなんとなく心が落ち着いた気がした。

「なまえちゃん泣いてないかな」

ぽつり、と後部座席で呟いた言葉に静まり返る車内。白い煙だけがもくもくと車内に漂った。
「なんとかするから大丈夫だって」
根拠はない、おそ松の自分に言い聞かせるような声だった。



一松と十四松は先にバイクでMrs.レディが隠れているアジトへ先に到着していた。
頭蓋骨陥没の状態の中、行くと言ってきかない十四松を後援の一松の護衛にと、おそ松が渋々決断した結果だ。
近くのコンビニではワゴン車に乗ったチョロ松がPCを駆使し今頃敵アジト内の見取り図を作っているところだろう。

愛用のバレッドM28がすぐに使えるようにセットしていた一松は、そわそわと落ち着きがない十四松を横目に心臓のバクバクと激しく動く音に耳を傾けた。

まるで世間様が言う初めて人を殺すみたいだ。

まあ自分は初めて人を射殺した時は「ここでも縁の下の力持ち、日陰者か」とか「地味で目立たなくて、いるかいないかわからないような射撃手なんてクズの俺にはちょうどいい」と卑屈を思いながらも、
「5人の兄弟には絶対に出来ない自分の射撃の才能」と「人の命が切れてぐずりと崩れていく様」に恍惚感と高揚感で危うく射精しそうになった。
それくらい一松には「殺し」の才能も「狙撃手」としての才能があったし、自分の力に過信もあった。

でもそれは守る戦いではなかったから、楽しめたのだろう。
おそ松、カラ松、トド松よりも先にアジトを出るとなったとき、廊下でカラ松に呼び止められた。

「なんだよクソ松…」
「ノンノンノン…怒るな一松…イライラしたってなまえは勝手に戻ってくるわけじゃ無いんだ」
横を歩幅を合わせて歩くカラ松に舌打ちをし、一松は会議室へ歩く。
「そんなことわかってる…」
会議室まであと5mほどのところで、カラ松はピタリと足を止めた。
「一松」
ただならぬ圧がかかった声に、呼び止められ一松もぴたりと足を止める。
「おそ松から忠告だ」
シーンとした廊下に響く声がいつもと違い、演技では無い悲しそうな声だった。
「『なまえが俺らを裏切るようであれば処分しろ』」
「な、んだと…」
「おっと…忠告じゃないな…おそ松からの命令だ」
「なまえを見殺しにしろってことか?クソ松」
「見殺しじゃない『処分』だ」
「処分って…何言って…っ」
「一松」
振り返りカラ松を見れば悔しそうに顔を崩し、右手は力いっぱい握り締められていた。
「…裏切ってなかったら」
小さな声にカラ松はハッとして困ったように笑った。
「…もちろん助けるさ」
カラ松の声にも覇気はあまりなかった。

恐らく、十四松もチョロ松兄さんあたりに忠告を受けているのだろう。守っていたものを壊すかもしれない恐怖に落ち着きを保てない。
『一松、十四松、聞こえる?』
「…聞こえるよチョロ松兄さん」
『うん、無線も無事繋がって良かった。今いるところから南の方に進んで、コンテナの上から2階に侵入できるんだけど2人見張りがいるから先に消すんだよ』
「了解」
『十四松はなるべく動かないこと。一松はサイレンサー持ってきてるよね?』
「一応ね」
消音記を取り出し、グロック18に装着した。静かにコンテナに上り(実際は十四松が上った後に引っ張ってもらった)
見張りの2人へ銃を突きつけた。
「―Ci vediamo.」
また会おう、地獄の底で。
小さな音が鳴り男2人が倒れた。
「一松兄さんイタリア語覚えたの?」
「もともとそれなりに喋れるよ」
「へー」
死体を壁に紐で巻き付け施設内を進む。無線で指示された場所に着くと、そこから黒塗りの車が見えた。
おそ松兄さんたちの車だ。
ライフルを覗き込み、浅く呼吸をする。
「本当は一松兄さんもあっちに行きたかったんじゃない?」
膝を折り、俺を見た十四松に目を見開いてしまう。
「…別に。俺にはこういう地味な仕事の方が向いてる。派手な事はあの糞長兄のほうが得意だし」
「すっげー卑屈!!」
「うっせぇ」
「一松兄さん」
「…」
スコープから目を離し、十四松を見つめる。
「行ってきなよ」
「な、っ…でもそしたらここからもしもの為の時にどうするんだよ…」
「俺だってライフルくらい撃てるって!」
自分の愛用するバレッド28をちらりと見てから頭を振った。
「いい、十四松」
「でも」
「違う。卑屈になってるとかじゃなくて、俺の仕事はこれなんだ」
再びうつ伏せになり、スコープをのぞき込む。
浅く呼吸をしてスコープ越しに兄たちを見つめる。
「まだ地獄に落ちるわけにはいかない」
先ほど殺した死体を思い出した。


おそ松とカラ松はそれぞれ武器を持ち倉庫へと入った。トド松もハンドガンを片手に後ろを歩くが戦闘する予定はサラサラない。
目的はなまえの奪還。トド松は拘束されているなまえをいち早く救出し、連れていく係だ。
倉庫を進んでいくと地下に降りる階段があった。
「じゃあ降りようぜ、先に行けカラ松」
「NO!危険な賭けはしたくなくてな…」
いつものテンションでカラ松に言い放ったおそ松はさも当然と言った顔で首をかしげる。
「お前が一番頑丈なんだから行けよ馬鹿」
「そうだよ!か弱い僕は先に行っても盾にもならないし」
「俺を盾にする気か!?」
「いいから行けって」
おそ松はカラ松の尻を蹴り飛ばし転がり落ちるようにカラ松は地下へと落ちていった。
「あ、つか地下だと一松意味ね―じゃん」
「一応報告しておく?」
「おう、よろしくトド松」
無線でチョロ松に地下に入ることを報告した。すぐさまスマホに地下の地図が送られてきて、いかにもなスペースがあることに気づいた。
「ここ、昔製薬会社の実験に使ってたところだな」
おそ松が地図を睨みつける。
「にしても誰も襲ってこないね」
「Mrs.レディつったってマフィアのボスじゃねぇし、味方はいないだろ」
「なるほどね」
「いつまで俺は前を歩けばいいんだブラザー!?」
「敵が出てくるか、なまえが見つかるまで」
「よろしくね盾松兄さん!」
「NO!」
場に似つかない賑やかな声が響く。


少し寝ていたようだ。ずきずきと痛む頭を押さえようにも手が拘束されているから抑えられない。ぼやぼやする視界がハッキリしてくると異変に気付いた。
「なに、この部屋」
なまえの記憶の中のよう。私が閉じ込められていた部屋とものがすべて一緒だ。
部屋の雰囲気に胃の中が痙攣し、胃液を吐いた。
「悪趣味な改装しやがって」
ガチャッと音がして、聞き覚えのある声が3つ聞こえる。
「たく、本当になまえちゃんこんなところにいる?」
「チョロ松が言うんだしホントだろ」
「Shit!もう前を歩かなくても…」
「…っ!?」
あの6つ子だ…。ほっとしたと同時に背筋が凍る。

助けに来た…?それとも私を殺しに来た?

私は6つ子のことを、あのファミリーのことを知りすぎた。
唾を飲み込み、足音と声が近づいてくる。
「あら、なまえったらどうしてそんなに怯えているの?」
「っ!?」
気付かなかった、振り返るとMrs.レディは椅子に座って紅茶を飲んでいた。
「アナタ、愛されているんでしょう?」
「あ、っ…」
呼吸がしづらい。
「愛されているから大丈夫よ、ほら早くあの6つ子の名前を呼んでみな」
「っ…くっ…」

「呼ばないなら私が呼んであげようか?オニサンこちらって」
赤く血にぬれたような唇が歪む。

ガシャン

天井から換気口の鉄柵が落ちて、ひょこりと見慣れた顔が出てきた。

「『助け』に来たよ!」
にっこりと笑った顔に思わず目を見開いてしまう。
最後に見たときとは違う笑顔で、それでも静かに怒りを帯びていた。
「お前はっ…」
Mrs.レディが椅子から立ち上がったところで十四松が部屋の中へと降りる。
「もうすぐ他の兄弟もくるから」
「じゅ、う四松…」
「まあ1人はもう来てるんだけどね!」
私の拘束を解きに近寄る十四松に向かって破裂音が響く。
「っ危ないから!」
Mrs.レディを殺さない限り今の私はお荷物でしかない。大きい声で十四松に下がるよう言えば、眩しい笑顔で
「もう1人来てるからだいじょーぶ」と言った。

「このイかれ6つ子がッ…」
Mrs.レディから破裂音が再度鳴るが全く十四松には当たらない。
弾が十四松に届く前に破裂したり落ちるのだ。
「何よ!どういうことよ!!」
パニックに落ちるMrs.レディを見ながら私の口元は緩む。
「いるなら、言ってよ一松…」

先ほどの十四松が入ってきた換気口から見慣れた銃が除いては消える。
がりがりと爪をかじるMrs.レディは焦りながらも私をにらみつける。

「はいストップ」

ドアが開く音がして、そちらに視線を向けるとおそ松がにこやかに笑っていた。
「お前がMrs.レディ?」
「…かの有名な6つ子の長男に会えるなんて光栄だわ」
「思ってるよりババァでショック」
はぁとため息をついたおそ松がちらっと隣に立つカラ松に合図をすると、サングラスを外しまっすぐとMrs.レディへと歩いていく。
その光景に目を丸めながらも銃を撃つが先ほどのようにカラ松には届かず銃弾は空になってしまった。
「Sorry…」
悲しそうな顔をしながらもカラ松が素早く足払いをし、Mrs.レディを拘束した。
「っ…」
「Mrs.レディっ!」
「さて、こいつどうしようか」
おそ松がなまえの目を見る。ぞくりと全身の鳥肌がたち、目を逸らしかけた。
「俺は殺したほうがいいと思うけど」
なまえはどうしたい?

十四松とトド松によって拘束が解けたなまえは、遅れてきたチョロ松から自分の銃であるべレッタを渡され、
拘束されたMrs.レディの前へ立つ。

この人のことを私は尊敬したし感謝もしている、けどその倍以上憎んだし疑問が晴れることはなかった。
「私のことを愛していた?」
Mrs.レディはまっすぐと私の目を見つめる。
「いいえ、いっときも愛したことなんてなかったわ」
にっこりと笑った顔が涙で歪む。
私の知らない顔だった。

「─Ci vediamo.」
─また会いましょう
「…Aspetterò, povera bambola」
…待ってるわ、可哀想な人形さん

小さく呟いた声と言葉は私とMrs.レディにしか聞こえないような声だった。

背後から銃口を向けられていたのを、私は知っていた。
6つ子の人形に、6つ子から愛されることを選んだのは、私なのだから。




私はやはり愛されている。
小さな頃から人に愛されるように「私」を変えては愛された。
今日から私は6つ子の「私」になる。

-END-