寂しいからいかないで(一松)
デートと呼べるのかわからないけど、野良猫の世話をし、私の小さなアパートで一緒に夕飯を食べて、他愛もない話をすればそろそろ帰る、と立ち上がる目の前の男を見て胸がぎゅっと締め付けられた。

「(いかないで)」
だなんてね、言葉は出せない。わがままを言ったら嫌われてしまうかもしれない。一松ってばめんどくさいのは嫌いだから。押し黙って玄関まで送れば、表情を変えることもなく背を向けられた。
「またね」
瞬間的に込み上げた寂しさで、一松の袖を掴んだ。引っ張られた一松がよろめいて私にぶつかる。
「…何」
びっくりしたんだけど、睨まれるように見つめられて顔に熱が集まった。
「あ、え…と…」
顔を赤くして吃る私を見て一松は眉間にしわを寄せる。あ、怒ってる…。気まずさと恥ずかしさと怖さで顔を下に向ければ、一松の表情がわからず益々不安になる。早く何か言って。心の中で手を合わせて願った。
「…寂しいならそう言えば」
「え、」
スッと伸びてきた腕が玄関の中に戻ってきて、私の背中に回る。バタンと、ドアが閉まる音が静かな部屋に響いて心臓がどくどくと動いた。
「もうドア開けるのめんどくさいから、泊まる」
「え、でも、」
どうしよう。恥ずかしい。なんで袖なんか掴んでしまったのか、数分でも前の自分を止めたいと思った。くっ付いてるからか、どくどくと早くなる音が一松にも聞こえてしまう。そんなの、恥ずかしい。
「凄い心臓の音」
「だ、だって!」
得意そうにニヤと笑った一松は、少し悩んだような顔をして私の頬へ唇を付けた。リップ音も何もないけどそれは長いようで短くて私の心が壊れそうだ。
「このまま食べれそう」
「や、やだ…」
「嫌なの?」
あからさまに顔をしかめた一松にうっ、と言葉を濁した。
「…一松のばか」
「ふーん」
さっきまでの寂しさなんてどこかに消えてしまって今はふわふわとした優しい気持ちでいっぱいだった。

つづき