まさか馬鹿なそんなわけ(露伴/jojo)
元々気は弱い方ではなかったし、なんなら好奇心旺盛、いらんことに顔を突っ込んでは面倒ごとを被って『なんで私がこんな目に!』なんてよく言っている。

現状まさに『なんで私がこんな目に!』という状態で、目の前には1人の男が不服そうに眉間にそれはそれは濃いシワを寄せていた。この男は岸辺露伴。杜王町の中でおっきな家にたった1人で住んでる変わり者の漫画家さんだ。

「露伴せんせ、そんな怒んないでよ」

ギロリと睨まれたので黙って目の前に置かれたアイスティーを飲む。事の発端は怪奇現象が起きる謎のノートを私が手に入れたので、康一くんと露伴先生に見てもらう予定だったのだ。来る途中に由花子に捕まり、康一くんと歩いている私はあらぬ疑いをかけられ、正直に「露伴先生に用事があって、康一くんに付き合ってもらったんだよ」と言った。

「子どもじゃないんだから1人でいけるじゃない」
心底嫌そうな顔で由花子がごもっともな意見を言うもんだから、私は言い返せずに白旗を上げた。露伴先生に、康一くんを会わせたくないのだろう。先生は康一くんのことを大層気に入っているし、視界に入れば当たり前のように康一くんの横を歩き出す。だからこそ私はこの見つけたノートを露伴先生に見てもらうのに康一くん(と言う名のご機嫌取り)を連れて行きたかった。由花子にこのノートの事情を説明してもいいが、あまり巻き込みたくはない。康一くんも私の気持ちをわかってくれたので、ここまで付き合ってくれたことのお礼をしてから、カフェに入る前に由花子を連れて康一くんには帰ってもらった。

そして今に至る。康一くんが電話をかけたもんだからいると思っていたんだろう、とっても最悪だ。待ち合わせに遅れてきた露伴先生と向き合ってもう7、8分はこうして無言でいる。ちなみに私は人見知りでもなければ、コミュ障でもない。
「…で、話はなんだよ」
「ぇ、っ…こ、これ!」
沈黙気まずいな、なんて思ってたら思わぬ展開、露伴先生の方から話を切り出してくれた。

「ただのノートじゃあないか」
「私に回ってきたのが4人目、です…」
「その気持ちの悪い敬語はヤメろ。回ってきたっていうのはどういうことだ?」
「…今朝学校の下駄箱に入ってあって、中には1ページに1人名前と3日間の指示が書かれてるんです」
「へぇ…」
ペラっとノートの表紙をめくると、1枚目には『このノートのルール』と大きく書き込まれており、その下には箇条書きで3つのことが書いてあった。
「『この本を破棄してはならない』『3日以内にノート内に名前のない人間へ回さなければならない』『ノートに書かれた指示通りに必ず動くこと』ハッ、こんなのよくある不幸の手紙とかそういうやつだろ」
なまえは何歳だったっけなァ、なんて人を小馬鹿にする露伴先生にカチンと来ながらも最後の行に書かれた文章へ指を差す。
「…なになに?『指示通りに動かない場合、相応の罰を受ける。3日以内にノートを回さない場合、呪いにより死ぬ』なんだ、ただ単に恐怖を煽ってるだけじゃないか」
「違う」
少しキツめに否定をすれば、露伴先生が少しムカついたのか頬を引くつかせた。私は制服の袖を捲り、腕に巻かれた包帯を取る。
「これは…酷い傷だな」
ズタズタに何度も何度も引っ掻かれたかのような跡の残る腕を見せると、初めて不愉快な顔から少し哀れむような目を向けてきた。

「今日のお昼、ランチにノートで指定されたものを食べなかったら昼終わりに突然猫に掻き毟られたみたいに傷ついたのがこの右腕、ここで見せるのはちょっとアレだから見せないけどその後の指示に従わなかったせいで背中が燃えて火傷跡になってる」
「あのクソったれ仗助にすぐ治して貰えばいいだろ?」
「もちろんすぐに治すって言ってくれたけど何故か治らないの」
「スタンドでも治らない、か」
真剣な顔つきになり、ノートをじっと見つめる露伴先生。
「次の指示はあるのか?」
「学校外の人間にカフェで会う、までは書いてた」
「なるほどな、だから康一くんをダシにしてまでぼくを呼び出したのか」
「露伴せんせ、こういうの好きでしょ」
「使い古したようなネタだけど、あまりにもキミが哀れだからな、付き合ってやるよ」
その言葉を聞いてホッと息をなでおろす。
「ちなみにノートを破ろうと思ったら、少し破れたところで私の右手小指の爪が剥がれた、咄嗟に離したノートには破れは無くなってた」
はぁ、とあからさまに落ち込めば少しだけ顔を青くする露伴先生。それなりに心配をしてくれているのだろう。これだからこの人は憎めない。

「やばいやつだな本当に」
「本当に思う。で、学校で話してたんだけど見に覚えはないけど私怨によるスタンド攻撃なんじゃないかと思って、今仗助くんや億泰くんが血眼になって使用者を探してくれてる」
「で、ぼくに何をしろって?」
「…私をヘブンズ・ドアーで見てほしいの。私が記憶にない何かを引き金に起きてるかもしれない」
本当はこの手段は選びたくなかったんだけど、致し方ない。そう伝えると露伴先生が少しだけ小馬鹿にしたような顔をして「ぼくを信じるのか?」と言った。

「露伴先生のことは信じてるよ。でも変なことは覚えておかないでね」

それこそ体重や、胸のサイズ、誰のことをどう思ってるかまで見られるのだ、恥ずかしくて恥ずかしくて穴があったら入りたいくらい。顔が赤くなるから恥ずかしくて両手で隠す。
「…そういう反応されるのが一番やり辛いだろ!!!!!!」
「だってぇ!!!!」
とりあえずカフェじゃスタンドを使うのにも目立つ、うちに行くぞ。といわれ、了承し露伴先生の後ろを歩いて家まで向かった。


先生の家へ到着して早速ソファへ腰掛ける。少しだけ機嫌がいい露伴先生が紅茶とクッキーを出してくれたので遠慮なく食べてると、キミには遠慮ってもんはないのかデブと怒られた。デブはひどすぎる、デブは。
「じゃあさっさとやるか」
「ん」
紅茶でクッキーを胃に流し込む。近寄ってきた露伴先生がヘブンズ・ドアー、と言ってスタンドを出した。抵抗することもなく受け入れれば、身体が金縛りにあったように硬直する。
「初めてやってもらったけど凄いね、これ」
「黙ってろ」
「はぁい」
ペラペラ私の顔にできたページをめくって真剣な目で見ている露伴先生に距離近いなーなんて思いながら身を委ねる。
「…これと言って気になることはない。一つ気になるとしたら先週、男子生徒を1人振ってるなお前」
「イヤーッ!!そういうの忘れてって言ったじゃん!!!!!!」
「ぼくがわざわざこんなくだらないこと覚えてるわけないだろ、違う、コイツ少しおかしくないか?」
「え?なにが?」
たしかに先週、同じ高校の男の子に3回も告白をされた。少ししつこかったけど、3度とも気を害さないように丁重にお断りしたのだが、露伴先生は『おかしい』と言った。
「こいつ、なんでお前の行動を先読みできてるんだよ」
「え…?」
「1度目の学校の下駄箱はわかる、でも2度目の亀友デパートの帰り道、3度目の仗助や康一くんたちと出掛けた日の帰り道、なんでお前が家を出たのを知ってる?なんで帰ってくる時間がわかるんだ?それにわざわざ1人になるところを狙ってるじゃあないか!完全にストーカーだろ!!」
「…た、しかに…」
あんまり気にも止めていなかった。
「それに時期も合うぞ、3度目は先週の話だろ?お前に試すためにあらかた何人かにそのスタンドを利用したんだろう」
「そんな…」
プルルッ。電話の音がして心臓が跳ねる。露伴先生も不審になりながら電話の受話器を上げ耳につけた。
「…もしもし」
『露伴先生!僕です!康一です!」
「康一くんか…どうした?」
『なまえちゃんまだ無事ですか!?』
「ああ、まだウチにいるけど」
『あのノートの先の被害者3人がどうなったか調べてたんです』
「死んだんじゃあないのか!?」
『…死んではいないんです、でも昏睡状態で入院してます』
「昏睡状態…あながちスタンドを使い切れていないんだろう。こっちも今犯人の目星が付いた、病院の方に向かうからそのままそこにいてくれ、なまえも連れて行く」
『わ、わかりました!!』
ガチャンと音がして受話器を置いた露伴先生がヘブンズドアの影響か少しだるい身体をソファに横たわらせていた私の腕を掴む。
「行くぞ、病院で康一くんを拾ってその男のところに行く」
「えぇ!?名前しか知らないのにどうやって住所調べるんですか」
「そんなのそこら辺の宅配便の運転手でも見ればわかるだろ」
「こわ…」
この人、殺人鬼とかじゃなくて本当よかった。スタンドがあればなんでもし放題じゃあないか。少しドン引きしながらも重い身体を無理やり立たせる。そこでまた電話が鳴った。
「チッ…なんださっきから、もしもし?」
『さ…触るなよ…』
「ッ!?」
先ほどの康一くんは焦って大きい声で喋っていたから会話が聞こえたが、今度はボソボソと喋っているのか電話口から声が漏れてこない。その代わり露伴先生は少しだけ汗をかいて周りを見渡し始めた。
「どこだ、どこから見てるんだ」
『そ、そんなのどうでもいいだろ!!なまえさんがあと2日で俺のものになるんだ…はぁっ…絶対に邪魔はさせない…はは…』
ガチャンと受話器を叩きつけるように置いた露伴先生が私のところに戻ってきて腕を掴み引っ張った。
「早くしろ!」
「えっ!?何!?」
車に乗り込んですぐにアクセルを踏み、すごいスピードで病院へと走らせる。その間も露伴先生はブツブツと何かを言っていて何があったのか話してくれない。
「先生!!何があったの!?」
「…ソイツ、…やっかいな奴に目をつけられたななまえ」
「だからなんで!?」
「そのスタンドは今もきっとこの会話が聞こえているし見えている、正真正銘お前が振った男だ」
「…うそ」
「大マジだよ、しかも悪趣味な奴だな…チッ」
手元にあるノートはやはりスタンドだった。にしても会話が見えていて聞こえているなんて。
「…」
「…まぁそんなビビるなよ、スタンドってわかっただけラッキーだぜ。元を叩けば終わるんだからな」
右手をハンドルに置いたまま左手を私の頭へ乗せる。ストーカーの気持ち悪さに少し震えたのがバレたのだろう、そういうところホント優しいよね。撫でられたお陰か少しだけ気持ちが落ち着いた。あっという間に車は病院に到着し、入り口で待っていた康一くんと合流した。

この先の計画をしないと何も始まらないと3人揃って頭を悩ます。相手は恐らく自宅にはもういないだろう、この広い杜王町を探すわけにもいかないし、そもそも射程範囲がどれくらいかもわからない。わかるのはこちらの情報はノートを介して聞こえているし、見えているというところだ。
「即効性はないがめんどくさいスタンドだぜ、全く…」
「どうしよう…」
「だがわざわざぼくに電話してきたくらいだ、使用者自身がノートに指示を書き込ま遠ざけることはできないんだろうな」
「電話来たんですか!?」
康一くんが驚いて声を上げる。無言で頷けば、康一くんが首をかしげた。
「なんで急に電話なんてかけてきたんですか?」
「普通にぼくがこのデブの腕を掴んでソファから起こそうとしたら嫉妬で掛けてきたんだよ」
「デブじゃないってば!!」
「嫉妬で…」
うーん、と唸る康一くんをジッと見る。にしても嫉妬心で電話までかけてくるなんて、執念深い男の子だったんだな。と鳥肌が立った。ハッとしたように康一くんが鞄から自前のノートを出して文字を書きだす。ノートには見えないように、声にも出さずちらりとその内容を見せてきた。そしてその文章を見て、私と露伴先生は目を見合わせてため息を付いた。

とりあえず解散しようと、露伴先生の車に乗り込み康一くんを送った後に先生が私の家の近所に車を止める。送って貰ったことへのお礼を言って車を降りようとしたところで、また腕をひっぱられた。しかも怪我している方。
「っ…」
「…痛かったか?すまん」
「いや、大丈夫だけど…」
巻いていた包帯を露伴先生がジッと見つめる。首を傾げると包帯越しに腕へキスをした。
「え、ちょっ」
突然の行動に顔が熱くなる。腕へキスをした後に真面目な顔で、ぐいっと引っ張られて至近距離で見つめられた。

「ぼくは自分のモノを傷つけられるのが心底嫌なんだよなァ」
「待っ…」
ちゅ、と可愛い音がして、顔に一気に血が集まる。こ、この人!!唇にキスしやがった!!
「…まぁ何かあったらすぐ電話しろよ」
「…バカしね」
「もう一回してやろうか」
「結構です!」
ドアを開けて今度こそ車から降りると再三露伴先生は何かあったら呼べと言って帰っていった。

露伴先生の車を見送り、はぁとため息をついて家へ入ろうとしたところで誰かの強い気配を背後に感じた。

「ッ!?」
勢いよく振り返ると先週告白してきた男の子がそこには呆然と立っていて、地面を見つめながら握りしめた手が震えている。
「…なまえちゃんが…そんなにビッチだと思わなかった…」
「…なんで…ここにいるの…」
「あんな男のどこがいいんだ…自分勝手で言葉も態度も悪い…僕の方が君をこんなに好きで愛していているのに…」

詰め寄ってきた男から逃げるように家の鍵を開けて急いで中へ入るが、ドアを閉める瞬間に足をねじ入れられてしまった。手加減なくドアを閉めようとするが悲しきかな男女の差もあって、ドアが開けられる。あまりの恐怖から腰が抜けてしまい、その場から尻を床に付けながら後ずさる。
「こんなに、愛してるのに」
手にギラリと光った包丁を見て、血の気が引いた。こ、殺される。

「エコーズACT3!!」

ガシャンッと包丁が床に落ちる音がして、男が膝から地面に落ち跪く。
「こ、康一くん!露伴先生!!」
「大丈夫!?なまえちゃん!」
「だから言っただろ、ぼくは自分のモノに傷を付けられるのは真っ平なんだよ」
男子生徒の後ろに立っている2人の背後には見慣れたスタンドが浮遊していた。露伴先生は真顔で地面に跪く男にツカツカと詰め寄っていく。

「さてどうする?なまえのことをまっさら忘れるか?でもそれもつまんないしな。それにどうせ学校で会っちまってまたこんなことになるのも面倒だ、ぼくも暇じゃない」
「すみませんすみませんすみません!許してください!!」
「えぇー?聞こえないな、なまえどうする?」
笑いながら私にどうしたいか聞いてくるあたりも、完璧に楽しんでいる証拠だ。
「…露伴先生が漫画にするならどうしますか?」
2人が来てくれたことにより気持ちが楽になった私は、ニコッと笑って露伴先生に聞き返す。虚をつかれたのか2度ほど瞬きをした露伴先生が少しだけ笑った。
「…会いたいのに会えないってのは可哀想だなぁ」
「や、やめろっ」
「ついでにスタンドも使えないようにしといてね」
「わかってる、もうこんなの懲り懲りだからな」
ヘブンズ・ドアー!と声が響いて男子生徒に露伴先生が凄いスピードで文字を書き込んでいった。


「はぁー…ほんとお世話になりました…」
男子生徒は道端に転がしてしまったが、目が覚めたら私のことも、スタンドのことも忘れきっと一生私の視界に入ることもないだろう。そういう風に露伴先生は『書き込んだ』のだから。一息ついてから2人に頭を下げると康一くんは首を振りながら「大丈夫だよ!いつも助けて貰ってるし」と言って笑った。その横で眉間にシワを寄せた露伴先生が私の腕を指差す。
「怪我は治ったのか?」
「あ、そういえば痛くない」
包帯を外すと怪我なんてなかったかのようにそこにはいつも通りの腕があった。
「治ってる!よかったぁ」
「よかったねなまえちゃん」
「ありがとう康一くん!」
康一くんの手を握り上下に振ると照れ臭そうに笑ってからじゃあ夕飯までに帰んないとだから、と足早に帰ってしまった。残された露伴先生に向き合い再度お礼を言うとそっぽを向かれる。
「…さっきは作戦とはいえ…その…悪かった」
「なにが…あ」
『さっき』スタンドの使用者を引っ張り出すために康一くんが提案した嫉妬をさせる行為を思い出し顔に熱が集まる。
「…いやっ、その…こちらこそごめんなさい…」
「別に謝ることじゃあないだろ」
「は、恥ずかしい…」
「だからそういう反応のほうが困るだろ!!!!」
顔を両手で覆い隠して指の間から露伴先生を見れば先生も顔を赤くしていて、ちょっとだけ胸がドキッとした。…ん??ドキッとした???

「…え?うそだー…」
「?なんだよ気持ち悪いな」
気味の悪そうに睨む露伴先生にドキドキしている自分が信じらんない。慌てて「露伴先生って可愛いキスするんですね」と言ったら軽く頭を叩かれた。
「君なァ!!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「…無事でよかったよ、じゃあな」
「あ、はい!ありがとうございました!」
ドアを開けて露伴先生を見送るときもドキドキした心臓が止まらなくて二度とヘブンズドアは私に使わせられないと思った。

「(初キスだったからだ。絶対そうだ)」
「(…初めてだったみたいだから謝ってやったのになんだアイツ)」