私と飲みません?(二階堂大和/i7)
(没ネタを勿体ない精神で公開します…)

「はぁー…」
怒涛の仕事が終わり気づいたら時計の短い針も長い針もてっぺんを過ぎていて、二日酔いで痛めていた頭が二重で痛くなる。
終電はもうない。

この業界に終電に帰るとかあるとは思えないけど、もう家には4日は帰れてない。
安いビジネスホテルに泊まって朝早くテレビ局に入り、仕事をする。
キラキラした人たちをさらに磨くのが私の仕事だ。

やりたくてやっている仕事。お給料が少なくてもやりがいだけはたっぷりある。
昨夜仕事終わりに飲みに誘ってきた後輩が泣きながら辞めたいと呟いたのを必死に止めた言葉はそれだけだった。

「こっちがやめたいっての…」
正直心はすり減ったままだ。
就職して3年目業界としてはまだまだ見習い。
同期は全員辞めてしまった。
吸っていたタバコの量は吸う時間が無くなり減煙したし、ヘアメイクがたばこ臭いことを嫌がる芸能人様もいる。
「なにが楽しくて私この仕事してんだ…」
ズルズルと壁につけた背中が落ちそうになる。
「あっ、ちょっと!」
自分一人だと思っていた喫煙所に声が響いて驚きで身体を慌てて起こす。
「えっ…」
喫煙所の入り口で固まっているのは最近人気のアイドルグループ、アイドリッシュセブンのメンバーの二階堂大和。
何度かアイドリッシュセブンのヘアメイクを担当したことはあるけど、そんなに親しくした覚えはない。
困惑している表情を見て察したのか二階堂さんが気まずそうに苦笑いをする。

「突然壁にもたれてずるずる崩れていったから」
体調悪いのかと思って、二階堂さんの口から出た言葉に納得し頷く。
「…ごめんなさい心配おかけしました」
「いや勝手にビビっただけだから」

たばこの火を消し、出入り口まで歩いていくと入り口に立っていた二階堂さんが動かない。
「すみません出ていいですか?二階堂さんってたばこ吸わないですよね」
「うん、吸わない」
「じゃあここ匂うだろうし戻った方がいいですよ」
きっと何かの撮影が終わったところだろうし。
「やめんの?」
どうしようかと彼を目の前にして悩んでいると、突然言われたその言葉に咄嗟に目を合わす。
「…聞いてたんですか」
「聞こえちゃっただけ」
「…やめないですよ」
「そっか、ならよかった」
「え」
何が?ほっとしたような二階堂さんの顔に首をかしげる。
ちなみに芸能人相手に都合のいい妄想をする脳みそは2年前くらいに捨ててきた。
「いやうちのメンバーは割とアンタのこと気に入ってたみたいだったから」
「…はは、それはうれしいです」
小鳥遊事務所の専属にしてくださいよ、なんちゃって。と言って二階堂さんを茶化す。

「そろそろ通っていいですか?」
「うーんどうしようかな」
「二階堂さんってめんどくさい人ですね」
「イチみたいな言い方だなソレ」
会話に成り立たない。
ため息をついて腕時計を見る。
元より終電はないから急いではいない、疲労困憊だから腹ごしらえをしてさっさと寝たいのが本音だ。
「何か用ですか?」
「ううん、あ、飲みにでも行く?」
「アイドルでしょ、週刊誌に撮られますよ」
「アイドルじゃなかったら行ってた?」
「それは秘密」
「…慣れてるねぇ」
「結構多いんですよメイクくらいなら〜軽く誘えるだろうって思ってる芸能人って」
言い切ってからハッとして口を押える。
完全に今のは嫌味だ。二階堂さんはそんなつもりで飲みのお誘いをしたわけじゃないだろうに。

「え…と、二階堂さんがそうとか、違くて…その…」
「大丈夫似たようなもんだし」
「えっ」
じっと見つて、息を飲む。
目を泳がせてから、はぁ、とため息をついて二階堂さんが私を見る。
「うそ。ごめん。本当は少し話がしてみたかったんだ」
「…どっきり?」
「残念だけどどっきりではないんだねよねー…なまえさん、どうです?飲みに行ってくれますか?」
真剣な目で見つめられて首が縦に動く。
目の前の二階堂さんがホッとしたように笑って疲れ切っていた心のモヤモヤがなくなっていくような気がした。単純か。