エミリーに言われ、考えた結果。きちんと向き合おうと私は今、ノートンの部屋の前にいる。中から物音は聞こえないけど、彼がゲーム後にあちこち歩きまわるとは思えない。深呼吸をしてから扉をノックすれば、返事はなく少ししてから扉が開いた。

「ナマエ?」
「こんばんは」
「うん、こんばんは、どうしたの」
「え、と…」
歯切れの悪い返事に彼も何か気づいたのか、扉を大きく開いて「入って」と言った。ばくばくと早くなる心臓を手で押さえて「うん」とか細い声で返事をし、彼の部屋へと入る。殺風景な部屋を眺めていれば「お茶でも淹れるから座って」と椅子を引かれた。

大人しく椅子に座り落ち着きもなくきょろきょろと周りを見渡す。ドキドキと早く動く心臓のせいで夕飯を吐いてしまいそうだ。差し出された紅茶を口に含んでからノートンを見つめる。

「あのね」
「うん」
「その…私も、ノートンのこと好き」
そう伝えれば目をぱちぱちと瞬きさせてからノートンが近づいてきて腕を引っ張られ、ぎゅっと抱き寄せられた。突然のことで驚いたけど、そっと腕を回して、ノートンの胸に頭を寄せる。ふわっと石鹸の匂いがして、あ…お風呂上りだったんだなぁと思った。

さてこういう時はどれくらい抱きしめ合うものなのだろうか。恥ずかしい話、私は恋愛経験が豊富でない。ドキドキする音が聞こえて、一瞬自分かと思ったけどよく聞いたらノートンの心臓の音だった。
「ノートン?」
「…僕、最初はナマエのことが苦手だったんだ」
懺悔のように発せられた言葉に驚いたが、言葉とは裏腹に抱き締める力は強く拒絶を感じない。
「…奇遇ね、私も」
嫌われることが怖くて、ずっと自分を偽って他者との間に壁を作り人のいい顔ばかりしていたけど、何故かノートンなら大丈夫だろうという安心感がある。この間まで怯えていたのは私だったはずなのに『苦手だった』と伝えた後、彼はまるで雷に怯える少年が母親にすがるように私を強く抱きしめる。

「…でもナマエ、君の本質を見た。良い人を装うナマエの実態は失礼で自信家で、その癖に人から嫌われることへ大層怯えていた」
「…私ってばもしかして失礼なこと言ったのね、ごめん」
「ううん、あれがなかったらきっと僕はナマエに興味を持つこともなかっただろうし、あの時貴女の素を見て、僕はナマエを欲しいと思った」
「ありがとう、あのね、私のことを嫌いにならないといった言葉、あの時はとても困惑したし恐怖を感じたけど、今はあれより心強い言葉はないとおもうの」
「僕はナマエに僕だけを信じてほしかったし、僕と同じ気持ちになってほしかった」
「同じ気持ちだよ」

はぁ、とため息を吐いたノートンの背中を撫でる。一度、好きだと理解してしまったらこうも人間と言うのは単純なのだろうか。彼がすごく愛おしい。彼は「私のことを嫌わない」と言ったのは私を想っての言葉ではなく、とても利己的で打算的な意味だった。そうだとわかっていても、私もそうあってほしいと今思っているのだ。

私はノートンを嫌わないから、誰よりも私を信じてほしい。私がノートンを頼るように、ノートンも私にだけ頼ってほしい。こないだまで感じていた漠然とした不安が氷のように溶けて、温かい感触が心を満たす。もう私は十分満たされた気がする。そして代わりにドロドロとした独占欲が芽生えた。

「…好きだよノートン」
「うん、僕もナマエを愛してるよ」
目を見つめられてドキドキと早くなる心臓の音。それすら心地よくて、目を瞑れば唇が重ねられて、ああ幸せだなぁ、と思った。私の感じていた不安や焦燥感を彼は解決する。前よりも体調は改善されるかもしれないし、私は幸せだ。

10.いつまでも慣れる気がしないのだ

副作用のない薬など存在しない。薬と毒は紙一重だ。緩やかに泥沼に浸かった私を見て、誰かは笑うだろう。ああ、でも笑う人などいないかも。この荘園はおかしいのだから。

【毒と薬.end】