※ノートン視点

珍しく、ナマエと同じゲームに参加することになった。彼女から最初に送られてきたチャットから既に2分は過ぎており、随分と彼女がチェイスを伸ばしていると思った。僕と、ナワーブと、イライ。女の子にハンターを任せて暗号機を回すなんて恥かもしれないけど、このゲームをやっている限り男女というの性差別は不要だ。

暗号機を上げていき、残り2台を回し始めた時に彼女が椅子に座らせられたとチャットがあった。ナワーブが救助に行くと言い、僕とイライは新しい暗号機を触り既に半分は進めている。この調子なら4人通電は可能だろう。こまめにチャットを送りあい、進捗報告をし、先に僕が暗号機を上げ、イライの暗号機がラストとなった。

「先に行くよ」
暗号機が寸止めであることを伝えるチャットを送り、僕は正面のゲートへと急いだ。ナマエが攻撃をされたのを見てからイライが通電し、ゲートへ電気が通る。カチカチと音を立て、ゲートを開ければイライが走ってきてゲートの中へと入る。ナワーブも少し遅れてやってきて、ゲートの内側でナマエが走ってくるのを待った。
「壁に行く!イライは先に出ろ」
「わかった」
「僕は保険で残るよ」
そう伝えればナワーブが目を丸めてわかったと言う。出窓から出たとして、一発はナワーブが止められるかもしれないでも念には念をだ。

既に使い鳥がいないイライは先にゲートから脱出し、ナマエが病院の出窓から飛び出したのが見えた、既に出窓の前の板は倒してある、板上を転がった勢いを利用しゲートへ駆け寄るナマエにリッパーの鈎爪が振られるがナワーブがその霧の刃を受けてナマエは真っ直ぐ走ってくる。

「ナマエ!ナワーブ!走って!」
そう伝え、投げた磁石がリッパーについたのを見て、急いでゲートの内側の壁に張り付き引き寄せる。バタンという音と同時にリッパーが壁に当たり、ナマエはゲートの中にいた。急いで手を引いて、ゲートの奥へと走れば館へと帰還していて一足先に戻っていたイライが「お疲れ様」と呟いた。

「お疲れ様」
「保険で君が残ってよかったよ」
ニコニコと笑うイライがそう言って席を立ち、自室へと戻る。ナワーブとナマエが何か会話を交わして、ナワーブだけが先に退出した。はぁ、とため息をつくナマエは心底辛そうで、その様子を眺めていたら怯えるような目で僕を見た。
「え、なに…」
「べつに」
疲れているというのにナワーブやイライに笑みを浮かべる元気はあるようだ。少しだけモヤモヤする。彼女の人付き合いのいい顔なら別に見られても構わないはずだし、僕が嫌なのは彼女の素を誰かに見られることだけなんだけど。
謎のモヤモヤを心にとどめておきながら、いつまで経っても席を立たない彼女に首をかしげる。
「部屋に戻らないの?」
この後のゲームに彼女は参加しないはずだ。部屋に戻らないのかと聞けば彼女はきまずそうに目線を泳がせる。
「…後で戻るよ」
「どうして?」
「…立てないの」
恥ずかしいのか、身体が本当に辛いのか目を瞑り頭を押さえるナマエにモヤモヤしていた心が晴れていく。あ、この顔を見れるのは今ここにいる僕だけの特権なんだ、と。立ち上がり、彼女の椅子の近くに膝をつく。首をかしげる彼女に「ずっと走りっぱなしだったから疲れたってことだよね?」と聞けば困惑をしながら「そうだけど…」と口を開く。

「どうぞ」
「ど、どういうこと?」
「おんぶは嫌だった?」
こないだ抱き上げてベッドに連れて行った時は大層恥ずかしがっていたし、彼女の性格上ここから部屋までの間に抱き上げているところを見られたら明日から僕に近寄ってきてくれなくなりそうだ、と思っておんぶにしたのだけれど。彼女は頬を赤くしながら困惑した表情で絞り出すように「おんぶで、いいです…」と言った。

加虐心をくすぐる表情と言うのはこういうことではないだろうか。今にも笑ってしまいそうになる口元を必死にこらえ、彼女を部屋へと運ぶ際中にウッズさんに出会う。背中にいる彼女の体調を心配する口から「顔が真っ赤」だと指摘されそう言えば背中に感じるぬくもりが随分熱いような気がした。部屋までの道中、背中の感触に気を回せばドクドクと自分じゃない鼓動が今にも壊れそうなくらい動いていて嬉しい。どうせ背中にいる彼女には見えやしないんだからと、こっそり頬を緩ませた。

部屋へ付きベッド近くで下ろしナマエの顔を見る。ウッズさんが言うほど真っ赤ではなかったけど、緊張が解けていないのか視線に定まりがない。
「緊張した?」
「き、聞かなくていいよ…父親にもおぶってもらったことなんてないから恥ずかしかっただけ」
「そっか」
きっと半分嘘で半分本当だ。彼女は嘘をつくのが上手い。嘘をつくときは、少しの本当を混ぜると真実のように聞こえる。ベッドに腰かけた彼女を見届けて、自分も部屋に帰ろうと思ったら、ぼーっと僕を見る視線に気づいた。顔を赤くして、惚けている顔は僕がもう一度見たいと思った表情に随分近い。息を飲んで近づいて顔を近づける。
「っ」
「もうおんぶし終わったのに、どうしてこんなに赤いの?」
「ち、ちかい…」
こんなことで彼女のあの恍惚な表情を見ることはできないだろうけど、気分はいい。ゲームで随分走り回った彼女は汗の匂いと、香水のような匂いがして変な気分になりそうだった。じっと目を見ていれば、困惑し赤面している表情が可愛い。ああ、このままキスをしてもいいかもしれない。こんなに近づいても嫌がらないんだから。潤む目が閉じられて僕も目を閉じようとしたところで、震えた小さい声が聞こえた。

「お、お願いノートン…心臓が変になるから離れて」

びっくりして目を開けば、顔を赤くしながら幼い子供のように怯える彼女がいた。言われた言葉を心の中で復唱して、考える。心臓が変になる、と言った。お願い、と僕に願いを乞いた。いまだに顔を赤くし震える彼女が面白くて可愛くて、こんな姿や表情もあるのかとドクドクと足を速める心臓に呆れた。

僕は僕が思っている以上にナマエが好きみたいだ。このままだと襲ってしまうかも。ベッドから離れてしゃがみこめば、彼女も気づいたのか目を開き今度は心配をしてくる。

「ノートン?どうしたの?具合悪い?」
離れろと懇願したのは貴女なのによく言う。先ほどまで怯えていた対象を心配するなんて根っこからお人よしにでもなったつもりか。呆れながら顔を上げれば、心配そうな目がこちらを向いていて少しだけ心が痛んだ。いやなんで僕が心を痛めなくてはいけないのか。
「…本当にナマエは無自覚なの?」
「え?」
まるで理解していないと言った表情に少しだけイラッとしてもう一度怯えさせてしまおうと思った。後悔すればいい。ナマエを押し倒してベッドへ縫い付けるように小さな手に指を絡めれば、心配そうな顔が僕を見つめる。
「あのね、ナマエ」
「う、うん…」

「好きだよ」
「えっ」
好きだよ、と伝えれば一気に顔を赤くする彼女。愛おしくて、胸が痛い。反応を見る限りきっと嫌われてはいないと思う。それでもこのまま手を出して嫌われるのは嫌だ。僕以外に、そんな表情を見せないで。返って来ない言葉にうなだれて首元に顔をうずめる。どうか僕を否定しないで、拒否しないで。
「こんなつもりじゃなかったんだ」
「何が…?」
最初はナマエのことなんて興味なかったんだ。
ここにいる他の人たちと同じで、上っ面だけ良い風に見せて、しかもそれが他の人より上手だったし。でもあの時、きっと誰にも見せたことのないだろう表情で僕を見て、僕は貴女の特別だと思ってしまったから。ぐるぐると負の感情が心の中を渦巻いて、懇願のように「嫌わないで」と心の中で呟いた。ナマエの匂いに囲まれたこのベッドも、首筋も、今は毒だとため息を吐く。

「ん…っ」
ナマエの甘ったるい声に身体が反応してしまった。腰のあたりがぞくっとして、下半身に熱が集まる。こんなの、ひどすぎる。睨むように彼女を見れば上擦った声を漏らしたのが恥ずかしいのか、赤面し潤んだ眼が僕を見つめた。それは逆効果だというのに。

「疲れてるって言うから、手を貸しただけなのに」
なんでそうも煽るのだろうか。しかも肝心なことはナマエは何も言わない。イライラしながらそう言い放つ。
「う、うん…ごめん…その、変な声出ちゃったのも謝るし、ここまで連れてきてくれたのも今度お礼する…だからその、ちょっとだけ離れてほしい…」
意味がわからない。なんで僕を拒否するんだ。我慢していた糸が切れて、艶々した唇に噛みつくように唇を重ねた。指を絡めていた手を離し、頭を撫でて頬を撫でる。少し乱暴に唇に触れてしまったから、と罪滅ぼしのように優しく撫でる。

やわらかい肌を指でなぞれば、甘ったるい声が「ぁ、っ…」と部屋と耳に響いた。開いた口内に舌を入れて、ゆっくり歯列をなぞる。ちらっとナマエを見れば必至に僕にすがるような顔をしていて、気づいたら自ら舌を絡めてくれていた。混ざる唾液が甘くて、このまま窒息死をしてもいいと思えるくらいに幸福だった。ギリギリ残っていた理性が踏みとどまって、どちらの唾液で濡れたのかわからない艶やかな唇にリップ音を残して名残り惜しみながら離れる。はあはあと息を切らすナマエが扇情的で、息を飲んだ。あーあ、このまま抱いてしまいたい。彼女の匂いにくらくらと思考がブレ始めて少しだけきつい。

「のー、とん」
とろっとした表情で甘えるように、僕の名前を呼んだ。その顔は僕が見たかった表情に一番近い。ごくっと喉を鳴らすほど生唾を飲んだ。あの時と違うのは欲望の先には治療対象ではなく、僕自身がいることだ。研究心じゃなくて僕自身に劣情を抱き、厭らしくも僕を求めてる。それだけで下品な話、イってしまいそうだった。でもこのまま抱いてしまったらいけないと、警報音のように僕の中で誰かが止める。求めている彼女に僕は止められるのだろうか。視線を外し、ナマエの唇に2,3度自身の唇を重ねて離れた。
「今日は帰るよ」
「え…?」
「疲れてるナマエを抱くつもりはないし」
「だっ…」
嘘だ。このまま抱いたら僕はきっとナマエを壊してしまうかもと、抱き殺してしまうかもと恐怖を感じた。抱くという言葉に顔を赤くした彼女から離れて「おやすみナマエ」と伝えて部屋を出た。部屋を出てすぐに扉を閉める。中心に集まった熱を抑えるのにしゃがみこみ、そこから何分経ったのか前を通りかかったイライに「ノートン、そんなところでどうしたんだい?」と声をかけるまで頭が真っ白で何も考えたくなかった。考えたら全部ナマエを思い出してしまって、自分の都合の良い妄想ばかりしてしまうから。

09.僕にもっと見せてくれ