05.松野十四松は蓋をした

05.松野十四松は蓋をした

松野十四松は妹のことが好きだ。他の5人の兄弟が妹のことを好きなように、十四松も妹を性的にも見ていたし、一生大事にしまっておきたい大事な宝物だと思っていた。兄弟たちの愛を受け入れるなまえは聖女のようにも思えたし、魔女にも思えた。

それでも妹が好きだから、十四松は面倒臭い考えに蓋をした。妹という関係性とか、妹が誰のことも好きじゃないことも全部。心の隅に蓋をした。

「十四松にいさーーん!いくよー!」
「よーし!こーい!っホームランッ!」
ひょろっとしたボールが投げられて思いっきりバットを振ったらするっと空振りで、あ、とお互い声を出して笑った。

こんなに綺麗に笑うのに、俺だけに今笑いかけてるのに本当に誰のことも好きじゃないの?問いかけたいわけでもないからいつまでも答えはない。
「はぁ〜…疲れちゃった!十四松兄さん、おうち帰ろー」
「え!もう!?」
「もうって…お昼だもんご飯食べよーよ」
「うわあ!昼か!!昼飯!!」

今日はなんだろうね、お昼。なんて笑いながらなまえの横を歩く。ふんわりと人工的な匂いがした。

「まだ付けててくれてんの!?」
「え!何が??」
「なんだっけ!えっと…王水?」
「あ、香水?」
「そう!!」
くすくす笑いながら手を繋いで帰路を歩いた。少し照れながら笑うなまえの頭を撫でてあげた。

「かわいい!俺の妹ちょーかわいい!」
「えへへ、十四松兄さんってばよく撫でてくれるから好き!」
「俺もなまえのこと好きだよ!!」
「わーい!一緒だね!」
「一緒!?一緒じゃないよ、だって俺となまえの好きはちが「十四松」…おそ松兄さん!」

目の前にいつの間にかおそ松兄さんが二カッて笑いながら立っていた。顔は笑ってるけど全然楽しそうじゃない。あ、怒ってるんだこれ!

「遅いから母さんが迎えに行けって、お前らどこいってたんだよー兄さん寂しかった!」
「もーおそ松兄さんは寂しがり屋だなぁ…って起きてくるのが遅いから悪いんじゃん〜」
「あ!ズルい!俺もなまえにハグしたい!」

急に現れたおそ松兄さんが名前を抱きしめてずるいからって挟むように抱き締めた。嬉しそうに笑うなまえを見てドキドキした。

「今日お昼ご飯何?」
「オムライスだって」
「オムライス!!やった!!!」
「十四松兄さんオムライス好きだもんね!可愛いなぁ」
オムライス食べてるなまえの方が可愛いよ!って言えば、照れて笑うからまた胸がドキドキした。なまえはドキドキしたりしないの?


家についてなまえが靴を脱いでリビングへ走っていった。いつもなら付いて行くように一緒に走るんだけど今日は出来なかった。

ギリギリと音を立てるような強い力でおそ松兄さんが手首を掴んでいたからだった。
「どうしたのおそ松兄さん」
「なぁ十四松、お前なまえのこと好きか?」
怒ってはいないけど目つきは鋭く悟してくるようにも見えた。

「好きだよみんなと一緒で」
「そうだよな、みんなと一緒で」
はあ、とため息をついたおそ松兄さんが険しい顔をする。

「じゃあお前さっき何言いかけた」

「俺となまえの『好き』って違うねって」
「ホントあっけらかんに言うよな」
「だってそうでしょ?俺らはなまえが大好きでしかたないけどなまえは俺らじゃなくてもいいじゃん」

それって違くない?おかしいよね。俺らはなまえとやらしいことしたくてしてるし、それが本望だけどなまえの本望は違うよ。『俺ら』じゃなくてもなまえはいいって…
「っ…」

「泣くなよ十四松…」
俺らだって悲しいんだから、おそ松兄さんがぼそって言った言葉が胸に刺さる。

みんな悲しいんだ、そっか。

「おそ松兄さん?十四松兄さん?」

オムライス食べないの?と玄関まで呼びに来たなまえに今行くとおそ松兄さんが声をかけた。

「悲しいけどさ、十四松、俺らアイツのお兄ちゃんだろ。だったらアイツがこれでいいって今なってる状況を無理して崩す必要なんてないんだよ」

横を通りすぎるときにおそ松兄さんが俺の頭をぽんと軽く撫でて居間へ向かってしまった。

「違うじゃんおそ松兄さん、今の状況を崩したくないのなまえじゃなくておそ松兄さんだよ」
いつまで蓋をしてればいいの。
俺の声は誰も聞こえてない。



いつまで経っても居間にこない俺を心配してなまえが駆けてきた。
「どうしたの?十四松兄さんなんで泣いてるの?」

「なまえは…俺のこと好き?」

びっくりした顔をしてからニコッと笑いかけてくる。

「大好きだよ!だって私の大事な大事なお兄ちゃんだもの」
ぎゅっと握られた手にぽたぽた涙が落ちた。
「それって」
そういう事してるのにお兄ちゃんだからいいの?俺らがお兄ちゃんじゃなかったら?言いかけて隅に蓋をしていたそれが声になる。

「名前は誰が好きなの」

消えた笑顔と、止まった呼吸がやけに悲しく感じた。