今までの人生で彼女が大怪我をすることなんて多々あった。
銃弾が腕をぶち抜いて血まみれで帰ってきたり「車で突き飛ばされて骨折した」とケロッとした顔で言ったこともあった。

特にここ2-3年はスタンド攻撃によりボロボロになっては、ジョルノに作って治してもらったりしていたから、痛みに強いもんだとばかり思っていた。どんな酷い怪我をしたって穏やかな性格の彼女は泣き言一つ言わずに「生きてるから大丈夫だよ」なんて笑っていたのに、目の前の扉から聞こえる普段では絶対に聞けないような、全くもって穏やかじゃあない悲鳴に近い声と発言(「もうやだ」「早く出てきて」「今なら誰でも殺せる気がする」)に息を飲んで冷や汗が出続ける。

「ジョルノ…なんでお前は平然としてられるんだ…」
「ぼくが痛いわけじゃあないですし…彼女なら大丈夫ですよ」
付き添いでやってきたジョルノがあまりにも普段と変わらない態度で、待合室にいるものだからオレばっかりがおかしいのか?と不安ばかりが募る。

そわそわと楽しみな気持ちと、何かあったらどうしようかという不安と、聞こえてくる悲鳴に心臓が今までにないくらい早くなった。

かれこれ病院におれ達が到着してから4時間は経っていて、彼女が運ばれてからは5時間が経っている。落ち着かない心を沈めるのに息を大きく吸って吐いたところで、扉の向こうから可愛く大きな泣き声が聞こえてきた。

「今のは…」
「そうだよな…?」
聞こえてきた泣き声にジョルノと顔を見合わせてお互い頷く。すぐに扉が開いて少しだけ歳の召した女性がマスクを外して笑顔を向けた。

「女の子ですよ、今部屋に移動したので103号室へどうぞ」

ジョルノが立ち上がりおれに行くように催促した。ここで待ってるので、と言われ1人部屋へと駆け足で向かえば、扉の前で慣れた様子の看護師がどうぞ、と笑いながら部屋の戸を開ける。

ドアの向こう、大きな窓を背景にするように、ベッドの上でとても疲れた顔の彼女が、布に巻かれた塊を腕に抱いてこちらを向いて笑った。
「女の子だって」
彼女は、抱いている赤ん坊をおれに見せてニッと微笑んだ。さっきの叫び声だとか言っていた物騒な言葉だとかが全部吹っ飛んで、ただ目の前の産まれたばかりの生命に胸の奥が詰まったような苦しさを覚える。

「ああ、さっき医者から聞いたんだ」
「あれ?そうなの?なーんだ、女の子はパードレに似るって言うからきっとモテモテだね」
「それは困るな」
「早くも親バカなの?」
赤ん坊を差し出され、じっくり見れば腕の中で目を瞑り小さく息をするその姿が、世界で一番愛おしくて込み上げてきた感情にただただ従うしかなかった。

「ありがとう」

頭で考えていたより先に口が動いて、そう言えば言ったオレも言われた彼女もお互いきょとんとして、自然と笑いが込み上げる。
「…こちらこそありがとう。ジョルノも来てるんでしょう?見てもらおう?」
「そうだな…、」

立ち上がり、待合室へ行こうとしたところでふと何かに誘われるように振り返った。窓から青い空と見慣れたネアポリスの街並み、遠くティレニア海が見え、赤ん坊を抱く彼女は聖母にも見える。思わず息を飲んだ。この場所で世界一大事な人と一緒に世界一守る物ができたのか。そんな奇跡をやってのけた彼女には本当に感謝しかない。

ジョルノを呼ぶのに立ち上がったのにゆっくりと近づけば首を傾げた彼女がおれを見上げる。片手を出して、手を重ねてもらい指先にキスをした。

(指先なら賞賛=ブチャラティ)