2日目に入るとそれなりにチビたちも慣れたのかホルマジオやプロシュートを無視した様子で朝のテレビアニメを見ていた。

「お、いいな。俺も食べたい」

「あれ?おはよ、ソルベとジェラートってばいつ戻ってきてたの」
「昨日の22時くらい。メールでリゾットから聞いてたけどマジにアジトで寝泊りしてんのか?」
「マジよ」
キッチンに顔を覗かせて言ったジェラートにスクランブルエッグが乗った皿を渡せば「サンキュ」と言ったので「違う、それリゾットのやつ」と伝えた。
「…俺のは?」
「なんで当たり前のように食べる気になってんのよ…今から作るから待ってて、順番があるじゃん」
そもそもなんで私があんたらの分まで作らにゃいけないのかって話よ。ジェラートを背後から抱きしめていたソルベにじーっと睨まれ「何」と返す。

「リゾットいねェしジェラートに食わせりゃあ良いじゃねェか」
「あのねぇソルベ、リゾットはあんた達が送ってきた資料を元に夜中まで敵の素性について調べてたんだから。ぎりぎりまで寝させてあげたいの、…ペッシ〜リゾット起こしてきてあげて」
「はーい」
一番大人しく座ってテレビを見ていたペッシに声をかけるとソファから降りてトタトタと起こしに向かってくれた。広間横のリゾットが寝ている部屋に入ったのを見届けてから、目の前で突っ立っているジェラートに「ん」ともう一度皿を押し付けるとチッなんて物騒な舌打ちをしてからテーブルに持って行ってくれた。

「ソルベは?いるの?」
「食う」
「あっそ、了解」
ジェラートにくっ付いて何も言わなかったので必要ないかと思いつつ、一応聞けば食べるらしい。ちゃんと言え。そのあとすぐにペッシが困った顔をしながらキッチンに駆け込んできて「起きない…」としょんぼりした顔で言った。

「リゾットめ…」
朝くらい声をかけたら起きなさいよね…。コンロを止めてリゾットの眠る部屋に入った。電気がついておらず真っ暗な部屋は、遮光性のカーテンもきっちりと締め切られている。そりゃあこの状態じゃあ、起きていて動く気なんて起きやしないわ。

ペッシは「起きない」と言ったけど、リゾットは「起きている」けど「目が醒めていない」だけだ。カーテンを全開にしてからとりあえず布団を引っぺがす。
「リゾット、起きて朝ご飯」
「…ぅ……」
「ほら駄々こねてないで起きてよ、アンタのマードレ代わりにまでなったつもりはないわ」
身体をゆさゆさと揺らせばでかい図体が丸くなって窓と私に背を向けた。いくら遅くまで仕事をしてたとはいえ心底腹が立つ。

「…ご飯いらないの?」
「……、…いる」
瞼を瞑ったままのそのそと身体を起こし座ってぼーっとするリゾットの姿が、今朝のチビたちに似ていて思わず笑いがこみ上げる。さっきまで心底イラついていたのに、こういう姿を見せられると弱い。可愛いものに弱いのは女のサガだ。しょうがない。
「おはよう、大きいバンビーノ」
ちゅ、眠気覚ましね、とばかりに頬へキスをしてみれば下がっていた瞼がパッと開いて瞬きをしてから私を見た。その姿もなかなかマヌケで面白い。

「…不意打ちだった、もう一度頼む」
「ご飯食べ終わったら考えてあげるよ」
はぁ、だなんてため息をついてキッチンへ戻ればジェラートが見ていたらしく「ヒュー」なんて言われたから蹴っといた。頬にキスしたくらいでいちいち騒ぐな。

「たいへんだ!ナマエ!」
「も〜…今度はなに〜…」
「ペッシのフリッターがホルマジオに食べられた!」
メローネがキッチンにやってきて私の脚に勢いをつけたままくっつく。大変だ、というくせにはニコニコ笑って引っ付くもんだから可愛いじゃん。まったく。
朝食に出した魚のフリッターはペッシの好物で、まぁ恐らくからかったついでにホルマジオが食べてしまったのだろう。大したことじゃあなくてため息を漏らせば「その後ペッシが泣くから、プロシュートが怒ったんだ!」と言った。…そりゃあ大変だわ。

ソルベとジェラートの分が丁度出来たので両手に持ちながら広間に向かえば、ぐすぐすと鼻を啜る音とプロシュートの低い声が聞こえた。キッチンにいると生活音で掻き消されて広間の声なんて聞こえやしない。
「なに、怒ってんのよ」
ほら、おいでペッシ。そう言って2つの皿をテーブルに置き、小さい身体を抱き上げて背中をとんとんとしてあげればぎゅっとしがみ付いて静かにすすり泣く。「男ならそんなことで泣くな」と言ったプロシュートを睨めば少し間をおいてから「…手は挙げてねェだろ」と言い始めた。

「当然でしょ!?ていうかなんでペッシが怒られてんのよ!」
火種はホルマジオが勝手にペッシの魚のフリッターを食べたから悪いんじゃあない。そういうとホルマジオは苦笑しながら「悪ィなペッシ、残してるから嫌いかと思ってよ」と言い頭を撫でた。そのまま抱き上げていたペッシを床に降ろして見下してくるプロシュートと睨み合う。

「俺がキレてんのは、黙って泣くだけでホルマジオにやり返さねェペッシにだ。悔しいだとかムカつくだとかは、思った時に根本を叩かねェと後々引きずるだろ」
「あのねぇ…今ペッシは子どもなの!根本を叩くって何言ってんのよ」
「ガキだろうが関係ねェ、テメェは昨日からきゃんきゃんとマードレみてェな顔しやがって」
「アンタが昨日マードレ代わりだって言ったんでしょ」
バチバチと目線がぶつかり合ってお互いの胸倉をつかみ合う。今にも空いてる手か、スタンドが出そうな雰囲気のまま、一瞬しらけた所でプロシュートはホルマジオに、私はリゾットに拘束され引き離された。


頭を冷やせとリゾットに言われキッチンに追いやられた私は一人飯を余儀なくされる。イライラとアドレナリンが出ている状態で、冷え切ったスクランブルエッグを口に放り込んだ。なんで私が頭を冷やせと言われなきゃあいけないんだ。

しばらくしてから目を赤くしたペッシがやってきてパイプ椅子に座ってご飯を食べる私をおずおずと見上げた。
「ナマエはプロシュート兄貴となかわるい?」
「(兄貴って呼ばせてるし…)…そんなことないよ」
「じゃあさっきのおれのせい…?おれがすぐ泣くから……ごめんなさい…」
「違う違うペッシのせいじゃないよ、ごめんね。私とプロシュートっていつもああなるの、気にしないで」
しょんぼりと落ち込むペッシを抱き上げて膝に乗せる。自分用に残しておいた冷えた魚のフリッターをペッシの口に放り込めが目をキラキラさせて「冷めてもおいしい」と言った。作ってやったのに何も感想言わない大人組とはえらい違いだ。100点満点の返答についつい頬擦りしてしまう。もちもちの肌が可愛すぎて食べてしまいたい。

「でも、あのあとリーダーとホルマジオにすっごく怒られてたよ兄貴」
「そーなの?ふふ、いい気味だわ」
あっはっは。だなんて高笑いした後に、ペッシが「でも兄貴はおれたちを子どもだからって言わないのすこし嬉しいなあ」と言った。
「ペッシはあんまり子ども扱いされたくない?」
驚いた。すぐ叱るから子どもに戻ったペッシは、プロシュートのこと苦手かと思ってた。子ども扱いが嫌か?と聞けば首を横に振ったが、うーんと難しいといった顔でペッシが口を横にきゅっと閉じた。

「言葉にするのが難しいなら大丈夫だよ、ペッシはしっかりしているのね」
小さい頃、たしかに大人が対等に話してくるのを少し嬉しく感じた覚えがある。きっとプロシュートが真剣に向き合っているのをペッシはわかっているんだろう。出来た子だ。
「…ナマエはもう怒ってない?」
「全然怒ってないよ」
ありがとうね、と頭を撫でれば嬉しそうににんまりと笑った。…やっぱりプロシュートおかしくない?この可愛い笑顔を見て甘やかさずにいられるなんて絶対おかしいよ。
「でもおれ、こうやって子ども扱いされるのもすき」
「…もー可愛いなぁ」
頬にキスをしてからぎゅっと抱きしめた。


結局今日も例のスタンド使いの手がかりはなく夕飯の時間になってしまった。今夜はプロシュートがアジトに残るらしく「食事中はテレビを消せ」だとか、「かちゃかちゃ皿にフォーク当てるな」とか口煩くチビたちに注意する。ギアッチョが「うっせェじじぃ」と言ったせいでぎゃんぎゃんドタバタと騒がしくなる食事風景にため息。
「…ちょっと厳しすぎるんじゃあないの?」
「コイツらが後々困るだろ」
「後々って言ってもねぇ」
「…」
少し考えてからそれもそうか、と言ったような顔で食べ終わった食器をキッチンに運ぶチビたちの姿を見るプロシュート。その目が細められて何かを思い出すように静かに伏せられた。


歯磨きをきちんとさせてからぞろぞろと部屋に入っていくチビたち。昨日から何故か夜寝る前になると私にひっつくイルーゾォを抱き上げて「おやすみ」と声をかけてからベッドに横たわらせた。寂しそうな顔をしてそっぽを向かれると少々傷つく。一緒に寝てあげたいのは山々だが、調査の報告をまとめないといけないのだ。


みんなの寝息が少し聞こえ始めてからリビングに戻れば、窓を開けてタバコを吸っていたプロシュートがいて、横に並び久しぶりに一本もらって火を点けてもらった。
「…珍しいな」
「昨日から疲れてるからね、気分よ。もう4-5年吸ってなかったかな」
「そんなに経つか?」
「うん」
ふぅっと吐いた息が青白く煙り、夜の空へと消えていく。会話は特になく、だからと言ってこの空気が気まずいワケでもない。お風呂に入った後なのだろう、いつもしっかりと結ばれた髪の毛は下ろされていて贔屓目なしに色気がすごい。ほんと顔は良いなコイツ。
「…なんだ、見惚れてんじゃあねェよ」
「見惚れてないわよ、そういえばさプロシュートの家って結構躾キツかった?」
親の躾というのは子どもに移ると言う、チビたちに厳しく言う言葉は間違ってはいないのだがどうもキツい。ボーッと外を見つめるプロシュートの綺麗な瞳は、長い睫毛が伏せて隠した。

「そうだな、どっちかと言えば甘い方だったと思う」
「えー…まじ?」
「…まぁ、結構早い段階でどっちも死んでるから覚えてねェけど」
「そ…れは…ごめん…?」
「別に気にしたこともないからいい」
そう言いながら灰皿に煙草を押し付け火を消したプロシュートが「先に寝る」と言って背を向ける。すこし寂しそうな背中は添い寝を望むイルーゾォと重なった。

「…そういえばペッシが喜んでたよ。アンタが真剣に自分と向き合ってくれて嬉しいって、小さくなっても懐かれ度的に私はアンタには勝てないみたい」
悔しいわ。なんて言えば足を止めて振り返る。
「…そうか」
プロシュートの眉間にはシワが寄っていて、なにを考えているんだかわからない。
「どうしたのそんな顔してさ」
近づいて手を伸ばして頭を撫でてやろうとしたら手首を掴まれる。
「…少し付き合え」
「え?」
引っ張られ広間の隣の部屋、男組の寝泊り部屋に連れ込まれた。本気を出して抵抗すれば逃げれることはワケないが別に殺されるわけでもないし、騒いだことで折角寝付いたたチビたちが起きる方がめんどくさい。

ベッドへ突き飛ばされると買ったばかりのダブルベッドはボヨンと跳ね返り、少しだけ笑ってしまいそうだ。覆いかぶさってきたプロシュートに「どうしたの」と言えば、首筋に顔を埋めてはぁとため息を漏らしてそのまま動かない。
「…らしくねェこと思い出した」
そのまま耳元で話し始めるが、息が耳にかかってくすぐったい。あと無駄にいい声なのもムカつく。そんなことを言えない雰囲気を流石に察して、会話に集中することにした。
「私のせい?」
「少しな」
「ごめん」
「別にいい」
さっき両親のことなんて聞いたからだろう。そういえばプロシュートの過去って私知らないな。

珍しくしおらしくなった男の乾かしきれていないブロンドの髪を指で掬いあげれば、金糸のような髪の毛がキラキラと月夜に照らされる。こっちの部屋のカーテンを閉めるの忘れてた。ああ、綺麗な髪の色だな。ぼんやりと、そう思って彼の頭をゆっくり撫でる。何も言わなかったプロシュートが、ぽつぽつと話し始めた。内容は彼の両親の話。

プロシュートの母親は大層美人だったそうで、彼のブロンドの髪は母親譲りらしい。そんな彼の母はギャングをしていた父親の金と地位で結婚を決めたような女性で、彼はそんな母親が少し苦手だったと言う。それなりに母親には愛されていたとは思うが、それは母親が父親を繋ぎとめる道具として自分を大事にしているというのをなんとなく察していたからだと言った。

父親はあまりプロシュートに興味はないようだったし、彼もあまり父親には興味が無かった。ある日ぱったりと2人は帰ってこなくなり、後日死体だけが警察から届いたそうだ。両親が組織によって何らかの理由で殺され、プロシュートは突然1人ぼっちになった。そんな彼を誰も助けてはくれず、彼は死に物狂いでここまで生きてきたのだと言う。

「あの時、誰も俺を助けなかった。だから俺は一人で生きてきたし、それが正しいと思ってる」
「うん」
だからチビたちに厳しくしてしまうのかもね。彼自身がハードな人生で育ったから、それ以外の道がわからないし、そうなった時に生きれるようにって優しさなのだろう。しょうがない、彼の心の傷でもあるのだから。

人に甘えることを知らず、甘やかされることをしらずに生きてきたプロシュートをとても不憫に思った。
「…しょうがないから今夜は甘やかしてあげるよ」
よしよし、なんて頭を撫でれば顔を上げて、それはもう綺麗な顔を憎たらしくさせながら鼻で笑った。
「この貧相な胸でか?」
ほんとコイツぶっ飛ばしてやる。さっきの寂しそうな雰囲気はどこへやら、喉でくつくつと笑う男を下から睨み上げた。
「あんたね…喧嘩売ってるつもりなら買うよ、スタンド対策にギアッチョ連れてくるから待ってて」
肩を押せばびくともせずに見下ろしてふっと笑う。

「待たねェよ、逃がすつもりなんてベッドに連れ込んだ時からないからな」
唇を噛まれた。