結局その日から私は泊まり込みになってしまい、急いで自宅に帰ってトロリーバッグに数日間の着替えや日常生活で必要なものを詰め込みトンボ返りでアジトに戻ってきた。その頃にはチビたちは起きていて、ホルマジオによって適当な説明が済んでいたようだった。

子メローネは私が到着してすぐに駆け寄ってきて引っ付いて離れないし、子ペッシや子イルーゾォは子ギアッチョから離れない。どういう状況よ。じっと説明できそうなホルマジオを鬱陶しそうに見れば「なんもしてねェけど何故か嫌われるんだよなァ」と言ってきた。

「男ってだけでこの時期のガキには嫌われるもんだろ」
「いや、アンタはギアッチョ殴ったからでしょ。子ども同士の情報共有が早いんじゃない?」
「あ?クソガキ躾けんのには丁度いいだろうが」
それに実際は大人だし問題ねェだろ。と言って、玄関へ足を向けるプロシュートの後をホルマジオと一緒に追う。仕事という仕事もないし帰るつもりだろう。
「とりあえず俺たちは帰るぜ」
「まあ精々良いマードレをやれよ」
「お疲れ。誰がマードレよ。プロシュートあんた絶対明日ぶっとばすからね」
「そういうのはぶっとばしてから言え」
2人と玄関で話しているのをチビたちが恐る恐る遠くから見ている視線を感じる。ギアッチョだけ罰が悪そうな顔をしているが基本的にはみんな不安げな表情だ。

大人たちが揃ってガタガタ話していたのに突然いなくなるんだから当然か。扉が閉まり、静かになった部屋の中で改めて自己紹介をした。
「ペッシ、イルーゾォこっちへおいでまずは挨拶をしよう」
「…お姉さんも怖い人?」
「…」
距離を保つペッシの背中に隠れ、こちらをじっと見つめるイルーゾォにも手招きするが中々警戒心が強いようでこない。見かねたのかギアッチョが「ナマエは怖いやつじゃない!」と言って引っ付いていたメローネが首を縦に振る。

「(か、かわいい〜!!)」
え?なにこれ超可愛いじゃん。足に引っ付くメローネも可愛いし、悪い奴でも怖い奴でもねェって!とぷんすこ怒るギアッチョも可愛い。様子を見ながらびくびくしているイルーゾォも可愛いし、そんなイルーゾォに壁にされきょろきょろとどうしようか悩んでいるペッシも天使のようだ。

「プロシュート帰らせておいてよかった…」
口元を抑えてニヤける顔をチビたちに見せないように隠す。
「…俺はたまにナマエが心配になるぞ」
「ぺ、ペドじゃないからね?普通に子どもは可愛いと思うものじゃん」
「…まぁそうだが」
かわいさのせいで胸が苦しくなったのを息を吐いて落ち着かせる。
「うん、ギアッチョも言ってるけど怖い人ではないよ、これからみんなのご飯を作ったり怖い時は一緒にいるお姉さん、ナマエだよ」
「ナマエ…」
ぽつりと名前を復唱したイルーゾォがおずおずとペッシの背後から出てきて近づいてきたので握手の形で手を伸ばす。小さな手が触れて、軽く握れば目をぱちぱちとさせてからふわっと笑った。
「か…可愛いじゃんイルーゾォ…!」
なんで大人になったらあんなに捻くれるかなあ!くっ。あまりの可愛さに目元を押されていたら隣で突っ立ってたリゾットが「お姉さん…?」と言ったので肩パンしといた。28歳はまだお姉さんだっつーの。


「そうだ買い物に行かないとな」
「え、何買うの」
「パジャマや消耗品、ベッドも仮眠用に1つしかないし、夕飯の材料も必要だろう」
「そんなお金どこにあるのよ…」
カツカツじゃないか、このチームは。要人暗殺したって120〜180万円くらいしかもらえてないのに。そもそも今回、問題の要人は倒せてないし。

「…あとで4人の報酬から引くしかないな」
「…うん、それならいいよ」
自分の財布に打撃がないのなら文句はない。リゾットに自宅に帰るのに使った車のキーを投げて渡した。呆然とするチビたちに買い物に行くことを伝え「夕飯なに食べたい?」と聞けば「ピッツァ!」「…アマトリチャーナ」「アクアパッツァ」「魚のフリッター」とバラバラのメローネ、イルーゾォ、ギアッチョ、ペッシの順で返答が返ってきた。うーんどれも面倒なものばかりな気がする。
「今日はカルボナーラにします、簡単だし、異論は認めない」
「「えーっ」」
「ギアッチョ、イルーゾォ、えーじゃない」
リゾットが慌てて耳打ちを打つが聞こえている。何が「ナマエはあまり料理が得意じゃあないんだ」だ。それを横目で見ながらキッチンに向かい冷蔵庫を開けて必要そうなものをメモった。


全て揃いそうなショッピングモールにやってきてすぐでシングルベッドを2つ、ダブルベッドを1つ買った。チビたちが2人1組でシングルベッドを使い、ダブルベッドは交代で止まる男組用だ。リゾットがシングルは無理だ、と言うから出費が増えた。セミダブルでもいいじゃないと言ったのに「折角だしな」と言われた。折角ってなんだ折角って。え、私?私は元々あったオンボロのシングルベッドで寝る。

夜には配達してもらえるというのでそのままの足でチビたちの寝巻きや衣類を買い、歯ブラシやもろもろの消耗品を買った。買い物カートを押しながら夕飯の買い物をしていたら、うろちょろするペッシとイルーゾォが心配で、抱き上げてカートの上に立たすと「おれも!」とメローネが言うので渋々カートに乗せた。ついでにギアッチョも。文句言われたけど。

「…結局カゴを乗せられなくてリゾットが持つ羽目になっちゃったじゃない」
そういえばキラキラした目でペッシがこっちを見た。
「楽しいからおれはいいよ!」
さいですか…。まぁうろちょろされて見失うよりはいいけど。
「おれはおれを乗せていいなんて言ってない」
「おめーらが走り回るからおれまで乗せられたんだぞ」
「ギアッチョ、おちつけよナマエが困っちゃうだろ」
「メローネありがとう。ギアッチョは2人のせいにしない、イルーゾォあんたは動き回りすぎ、ごめんリゾットそのパンツェッタ取って」
「これか?」
「うん、ありがと」
イルーゾォが私やリゾットに慣れてきたのかちょっと生意気になってきたのが気になるが、それよりもこの大変さがやばい。子どもの相手しながら買い物する母親って凄いのね、もうなるべく食事の買い物時に全員連れてこないようにしよう。すでに疲労困憊の中で何かを見つけたのかイルーゾォがカートから飛び降りてぴゅーんっと消え去る。

「イルーゾォ!!もー…リゾット、カートもよろしく」
「あ、おいナマエ、どこに行くんだ」
「イルーゾォ捕まえてくる」
ため息をつく暇もなく消え去ったイルーゾォの後を追っかけるとすぐ近くのお菓子売り場の棚の前で目をキラキラさせながら立っていた。

「ちょっとイルーゾォ、危ないからカートからは飛び降りないで」
「…なぁ、お菓子買っちゃあ駄目か?」
「あんた話聞いてる?」
ぱっと手首を掴み捕まえたがこちらのことなど気にもしない様子で色とりどりのキャンディーを指差す。
「あー…(どうせ4人の報酬から引くし)いいよ」
「ほんとうか!」
にんまりと口角を上げてイルーゾォが見上げるので、可愛さでついついこちらまで頬が緩んでしまう。ごめん心の中で酷いこと思ったからお菓子くらいはポケットマネー出すわ。

「ストップ…お菓子は1人200円までだ」
「あら、リゾット来たの?」
「ナマエがいないと何を買えばいいか分からないから追いかけてきた」
カートとカゴを持つリゾットの姿が似合わなすぎて笑ってしまう。大人しくカートに立っていたチビたちを順番に降ろして「時間ないから5分で選んでよ」と言えば、4人してわちゃわちゃしながら「どれがいいか」と話し合っていた。数時間前まで成人を越えていたとは思えない強烈な可愛さがある。

「あらあら若いのに子沢山ねぇ」
「「っ!」」
チビたちがお菓子を選んでいる姿をリゾットと見ていたら見知らぬ老婆に声をかけられた。チラッとリゾットを見るがもちろん敵だったりするわけではなさそうで、とりあえず表情を作って愛想笑いをする。
「うるさくしてすみません…」
「いいのよ〜4人もいたら大変じゃない?」
「ええ、まぁ…」
くすくすと笑う老婆に自然に微笑を返す。会話が続かないようにこちらからは話しを振らないようにしているのに、ニコニコと笑う老婆はその場から動かずにゆったりとした口調で話始める。
「子どもは元気な方がいいわね、貴方たちは最近越してきたのかしら?」
「あー…そんなもんです…」
そうよねぇ見た事ないもの!こんなに子どもがいるおウチならすぐ印象に残るのに。と言われドキッと心臓が鳴る。まぁソレは確かに。
「ウチの娘夫婦と同世代くらいだから親近感湧いちゃうわぁ…下世話な話だけど、上手くいってないみたいでね、貴方達夫婦みたいに仲がよければいいのだけれど…」
「あはは…そうなんですか…」
なんか言ってよリゾット!じっと目線だけ向けると少しだけ表情を緩めたリゾットが老婆の話に頷いている。何真面目に聞いてんのよ…。

「…マンマ、」
「メローネ、どうしたの」
マンマ、だなんてめちゃくちゃ空気の読める言葉を言って私の裾を掴んだので、しゃがみこんで抱き上げた。
「あらあら!いいわねぇマンマに抱っこしてもらって、たくさん甘えた方がいいわよ〜。じゃあ私はこれで」
「あ、どうも…」
やっと老婆が去っていき、それを見届けた後にメローネが「どうだった?」と聞いてきた。
「何が?」
「おれたち家族じゃないけど家族っぽく振舞わないといけないんだろ、今の家族っぽかったか?」
「…」
驚いた。確かいくつかと聞いたときに8歳と言っていたと思ったんだけど、この頃からメローネはなんだか冷めている様子なんだ。

「…ありがとうメローネ。すっごく家族っぽかった。しかもさっきのお婆さんと話すのちょっと面倒だったんだ」
「そうとも思ったんだ」
「よく気がつくじゃん、天才!」
ふふん、と口元を緩めて自信満々な顔をするメローネが可愛くて思わず頬にキスをすれば横でリゾットが「ナマエ、いくら小さいとはいえメローネだ」と肩を掴んできたが無視だ無視。

「戻ったところで覚えちゃいないわよ」
「戻る?」
何が?私の腕の中で首を傾げるメローネをリゾットが抱き上げてしまう。
「なんでもないよ、メローネは私にちゅーされるの嫌?」
「ぜんぜん!」
「だよねぇ」
ナマエの抱っこがいい、とリゾットに駄々をこねるがリゾットが「だめだ」と言ってそのままカートに乗せた。
「え、なにヤキモチ?」
「…少しだけな」
からかい混じりでそう言えば、思ったより素直な返答が返ってきて驚く。メローネがそれを見て楽しそうに笑った。…これ以上へそを曲げられてもシチリア男は面倒なのを私は知っている。はぁ、とため息をついてから「3人も呼んできて…パパ」と言えば、何故か普通に『好き』だとか『愛してるわよ』とか言うよりも恥ずかしく感じ、熱を集めた顔を逸らしてしまった。リゾットは生き生きとしてたけど。