この状況、どうすれば良いだろう。
「ぜっっっったいイヤだ!」
「おれも反対だ!」
昼下がり、イルーゾォとメローネが眉間にシワを寄せながら足元に引っ付きこちらを見上げた。困った…もう10分ほどこの状況が続いている。目の前で2人の睨んだ顔に眉尻を下げたリゾットが「しかしだな…」と言ってチラッと私に助けを求めるように見つめた。私が助けてほしいんですが。
「…はぁ…」
どうもチビたちに強い言い方ができないリゾットにため息をつけば、ソファで様子を見ていたプロシュートが立ち上がりこちらに寄ってきてしゃがみこんだ。
「テメェらがそうやって甘やかすからコイツらがツケ上がんだ、引っ張り剥がすぜ」
「おいやめろよプロシュート!」
「あ?」
私の脚へと引っ付くイルーゾォとメローネの首根っこを掴み引っ張り剥がそうとするプロシュートに飛びかかるギアッチョ。ジタバタと彼の背中に引っ付き足を動かしながらプロシュートの動きを止めようとする姿はとても可愛いけど、こればっかりはどうしようもない。暴れるギアッチョが振り払われ床に落ちる前に抱き抱え、静かに床へと降ろした。そのまましゃがみこみチビたちに目線を合わせれば、少し離れて様子を見ていたペッシが悲しそうな顔をして「どうしても行かないといけない?」と首を傾げた。

「…今回のお仕事は私じゃないといけないからね…」
そう、今朝ほどリゾットが上から持ってきた仕事は『女性街の侵入と、某人の暗殺』だった。この女性街というのが難点で、男性は入ることができない場所だ。暗殺チームには現状私しか女性はいないし、暗殺自体はそんなに難しくない。いつもなら二つ返事で了承し、このアジトを飛び出るのだけれど今回はそれができない。この状況を見て貰えば理解できるだろう。きゅるっとした可愛い8つの目は私を心配そうに見上げ『行かないで』と言った視線を向けてくる。
「危ないことはないし、明日はたくさん遊んであげるから大丈夫だよ」
そう言って4人を抱きしめれば不服そうに唇を尖らすギアッチョとイルーゾォ、暗い顔をするメローネとペッシが静まり返って俯いた。うーん納得いかないかぁ…。




「本当に行けるのか?」
「今のナマエなら断るかと思ってた」
「…からかいに来たならこれ手伝ってよ」
4人がいじけたままお昼寝に入ってしまい、その間におやつのいちごケーキを作ろうとキッチンに立った。ケーキの上に乗せる生クリームをハンドミキサーがないため手動で混ぜていたらソルベとジェラートが顔を出してきて、かけられた言葉に彼らを睨む。今日も距離の近い2人はひっ付き合いながらニヤニヤと私を見つめては、それはもう意地の悪そうな顔で見てくるのだ。かき混ぜていた生クリームのボウルを渡せばジェラートが顔を引きつらせながらそのままソルベへと渡した。
「手の込んだおやつを作ってるのもご機嫌取りのためか?」
「まぁね」
「チビたちってそんなに甘くないと思うけど」
「だとしても仕事をしないわけにはいかないじゃない、断ることもできないわよ」
ボウルから少しだけ固形になり始めてきた生クリームを指先で掬い、口に含んだジェラートが「まぁそうだけど」と興味の無さそうにそう言った。ここ数日間、リゾットはおそらくチビたちを気にして私に仕事を回すことをしなかった。それは小さくなった彼らが私にとても懐いているのもあるだろうし、この国では『母親』という存在は大きい。私を母親代わりに周りがしたがるのもそれが関係しているだろう。

「仕事、大した内容じゃあないんだろ」
「うん、ただの娼婦を殺すだけだし、余裕だよ」
「…リゾットが気にしてるのってそこじゃなくない?」
「は?それしかないでしょ」
ジェラートの言葉に首を傾げればソルベもわけがわからないと言った顔で私を見た。
「リゾットが最近殺しの仕事をナマエに回さなかったのって、別にチビたちだけのためじゃあないような気がするけど」
「…なにそれ、どういうこと?」
「俺にもわかんねェな」
「…うーん…男心がわからないナマエとソルベには難しい話かもな」
「?」
「…俺も男なんだがジェラート」
男心ねぇ。ツノの立った生クリームを見ながらジェラートの言葉を頭の中で復唱しながら朝のことを思い出す。仕事をしてきてほしい、と言いながら指示書を渡してきたリゾットは確かに不服そうな顔をしていた。ほんのちょっぴりだけど。
「…あ、1時間経ったからチビたち起こしてきて」
「え、俺らが?」
「頑張ってソルベ!」
「なんで俺だけなんだ」
「頑張ってソルベ!」
「ナマエまで乗るな!」
私とジェラートにからかわれ、渋々チビたちの部屋の方へと向かっていくソルベ。その背中を見送った後、生クリームをスポンジに塗り始めればじっと眺めてくるジェラートの視線に居心地の悪さを感じた。
「なに?」
「いや?ナマエも大変だな、と思って」
そう言い残しジェラートもソルベを追いかけて行ってしまう。
「なによそれ」
意味がわからん。



おやつに作ったいちごケーキを食べさせれば、チビたちの機嫌が少しだけ良くなったのを見てホッと胸を撫で下ろす。メローネだけが未だに不服そうな顔で私に引っ付いては「本当に行くのか?」と聞いてきて「うん」という度に俯く、そんなやりとりを既に3回は繰り返した。その様子を見ていたリゾットが隣に座り「メローネ」と声をかける。
「…なに」
「ナマエはすぐに帰ってくるから大丈夫だ」
「…」
「そうだよお買い物行くのと変わらないから大丈夫だよ」
頬を膨らまし私の側を離れないメローネに2人して目を合わせてしまう。どうしたものか。

「…じゃああしたの夜はいっしょに寝てくれる?」
唇を尖らして目を伏せながらいじらしいお願いをする姿に「(うっ)」と胸が締め付けられる。こんな可愛い生き物が存在するのだろうか。
「もちろんいいよ」
「やくそく!」
「…」
「何よリゾット、別にいいでしょ」
ぎょっとした顔をしながら「元々は大人だ…冷静になれナマエ」と言うリゾットに「何度も添い寝してるし今更じゃない」と伝えメローネと小指を絡めた。一気に笑顔になったメローネが可愛くてそのまま抱き上げて抱き締めれば3人のチビたちが『次はおれ!』と列が出来てしまう。なんだこの空間、仕事に行きたくなくなっちゃんじゃん。



20時。アジトを出て女性街に行き、目的の人間を見つけ近寄り殺した。あっさりと終わった久しぶりの仕事に「(あーこんなもんだったか)」と踵を返して帰ろうとしたら小さな悲鳴と軽い体重が座り込む音が聞こえた。
「…」
「ひっ…」
悲鳴の方を見れば小さくなった4人と同い歳くらいだろうか、少女が座り込み震える身体と瞳で私を見上げて怯えている。その表情はアジトでおとなしく寝ているだろう4人を思い出し、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ息を飲んだが見られたのなら仕方がない。そのままその少女を殺し、予定通りにアジトへと戻った。


女性街から1時間ほど車を飛ばし、23時ごろだろうか、アジトへ到着しドアを静かに開けた。廊下は暗く、シーンと静まり返っており、チビたちはすっかり夢の中だろう。今日の当番はリゾットだったけど、まだ仕事をしているのだろうか。寝ているチビたちを起こさないよう静かに廊下を歩きバスルームへと向かう。血は付いていないがどうも自分が血生臭く感じて仕方がないのだ。
「…お出迎え?」
「…早かったな」
バスルームの前に立っていた男に目を丸めて近寄れば自然と頭を撫でられ目を細められる。
「簡単だったよ、報告書は明日でもいい?」
「ああ」
ドアの前に立った図体の大きい男はジッと私を見つめて動かない。早くシャワーを浴びて寝たいんだけど。アジトについたらドッと疲れてしまった身体が重いのに目の前を動かないリゾットに首をかしげる。
「子どももいただろう」
「いたよ、見られたから殺した」
「…そうか」
指示書には子どもの有無は書いていなかったけど、目撃者は殺していいとは書いてあったからおかしいと思ったのだ。あの少女は殺した女の娘か何かなのだろう。最初から知っていればもう少しやり方を変えたのに、なんだか嫌な気分だ。
「知ってたの?」
「可能性はあったが、ない可能性もあったからな」
「あっそ、まぁそういうこともあるか」
「…すまなかったな」
「別に、今更なんも思わないよ」
たしかに少し躊躇ではないが脳裏にチビたちが映ったのは事実だ。それでも今までだって必要であれば子どもだって殺してきた。

「…少し…疲れただけだよ」
そう言ってリゾットに寄りかかれば大きな手が頭を優しく撫でた。そう、少し疲れただけ。少しだけ残っていた気が抜けて、目を瞑ればこのまま寝れるだろうなと言うほどの倦怠感が私を襲った。
「…シャワー浴びるのめんどくさい」
「入ったほうがいいぞ、臭う」
「臭い?」
頷いたリゾットの腰に手を回して「じゃあお風呂入れて」と言えばため息をつかれた。