メローネ、ギアッチョ、イルーゾォが何故か風邪を引いた。
37.3度という微熱だけど鼻水と咳が酷く、大事をとってベッドで安静にするようにしようとしたのでけれど、たまたまその日は動物園に連れて行ってあげる予定だった日でそれはもう心底チビたちは落ち込んだ。ギアッチョは喚き、メローネは駄々をこね、イルーゾォは泣き出すしで朝からめちゃくちゃ修羅場だった。

「…やっっっと大人しく寝た…」
風邪を治したら行こうね、と何度も言い宥めてなんとかなったが、それでも朝起きてから二度寝のように寝付かせるまでが大変だ。はぁ、とため息をついてキッチンでコーヒーを淹れていると玄関が開く音が聞こえ足音が聞こえてから荒々しくドアが開いた。
「買って来たぜェ」
「ありがとー」
朝から子どもたちを宥めていたので、身動きがとれない私の代わりにお昼ご飯の材料を買ってきてくれたホルマジオ。渡された買い物袋の中を覗きこんで小児用の市販薬や、スポーツドリンク、ゼリーを確認してから受け取る。こうなるんだったらこないだのプリン残しておけばよかったな。

「にしてもペッシだけ風邪引いてないなんてどういうことだ?」
「知らない、元々身体が強いのかもね」
「まぁそれしかないよな、で?動物園なしになったんだろ」
「当たり前」
リビングでプロシュートと一緒に大人しくテレビを見ている元気なペッシにはかわいそうだが、今日は大人しくしてもらうしかない。
「俺がチビたちを見ててやるからペッシ連れて近所の水族館にでも行ってこいよ」
ジェラートとソルベも今日は来るしな。と言って恐らく買い物に利用したのだろう車のキーをそのまま渡される。少し遠くにある動物園とは違い、たしかに水族館は近所にあるし施設自体も小さく、大人の足であれば1時間ほどで観終わってしまうようなところだ。

チラッと大人しくソファに座るペッシを見る。『動物園なんだけどみんな具合悪いし今日はやめでもいい?』と聞いた後に少しだけ残念そうな表情をして『…しょうがないからね、大丈夫だよ』と言ったのを思い出した。ワガママも言わずに手のかからないペッシがいじらしいので、何とかしてあげたい気になるんだよなぁ。

折角元気なのに家に箱詰めっていうのもかわいそうだし、連れていけるなら連れて行ってあげたい。だけど、果たしてあの横に座ってる頑固オヤジがそういうの不公平だとか、甘やかしだって言わないかな。

「ペッシ」
名前を呼べばくるっと振り返り、つられて隣に座っていたプロシュートまで振り返る。
「お魚さん、観に行こうか」
「おさかなさん?」
「…水族館か?」
「うん」
勘の良いプロシュートがそう言ったことでペッシは目をキラキラさせて首を縦に振ったが、その後ハッとして様子を伺うようにプロシュートを見上げる。その視線に気付いているのか気付いていないのかは知らないけど、少し考えた後に私を見ながら口を開く。
「…アジトにいてもしょうがないしな、いいんじゃあねェか」
珍しい苦言を何も言わないなんて。立ち上がり脱いでいたジャケットに袖を通すプロシュートの横でペッシが立ち上がりぴょんぴょんと跳ね喜びを全身で表現した。
「やったー!おさかなさん!」
「じゃあこっそり準備しようね、風邪で寝込んでるみんなには内緒だよ」
「わかったよ!しーっ」
「うっ…うん…」
しーって…。何!?めっちゃ可愛いじゃん…。うっ、っとしゃがみ込んで萌えていたらお尻をプロシュートに軽く蹴られた。痛…。ギロッと睨みつけ立ち上がり顔を近づければ鼻で笑われる。

「ペド」
「せめてショタコンって言ってよね!」
「あ?」
「はぁ?」
といつも通り喧嘩が勃発しそうになり見兼ねたホルマジオが「お前ら2人で大丈夫かよ…」と言ったので「外では大丈夫(だ)!」と声を荒げたらハモった。いや、ハモるらないでよ。

「ペッシ、あいつ等もああ言ってるけど2人とも見栄っ張りだからよ、喧嘩はしねェと思うから安心しろ」
「そうなの?」
「ああ」
「でももし喧嘩しそうになったらナマエの足にでもくっ付きゃァなんとかなる」
「はーい」
ホルマジオがしゃがみこみペッシにそう言った。ちょっとそこ聞こえてる。
「そんなちょろく無いわよ…たぶん」
じっと無表情で見つめられた。誰もちょろくないというのを信じてくれないのは流石に酷いと思う。



ちゃちゃっと準備を済ませて車を走らせれば案外道も空いていてあっという間に水族館に到着した。施設内に入ると程よく効いた冷房が涼しい。駆けて行こうとするペッシの首根っこを慌てて掴んで大人しく手を繋ぐことにした。ペッシを真ん中にして手を繋ぐ私とプロシュートはパッと見、家族みたいでガラス越しに映る姿に笑ってしまう。

「急に笑って…」
気持ち悪い。怪訝そうな顔で私を見る男にイラッとはしたが喧嘩はしないようにとホルマジオにも言われているし、一息ついてから思ったことを伝える。
「ううん、ハタから見たら家族みたいだなぁと思って」
「……まぁそう見えるだろうな」
心なしか表情が緩んだプロシュートを見てこっちも口元が緩む。ぎゅっと小さな手のひらを握って水槽を眺めれば、水の中をのびのびと泳ぐ魚に光が反射しキラキラと綺麗で不思議な気分になる。この魚たちはこの広いようで狭い水槽の中をぐるぐると死ぬまで泳ぎ続けるのか、少しだけ悲しいものを感じる。センチメンタルになりながらドーム状のトンネルを抜けたところでペッシの手が離れ、目の前の大きな水槽の前にくっついた。

「うわぁ…」

思わず出たのだろうペッシの感嘆の声に、つられて視線の先を見ればキラキラとしたアジの群れが光に反射して星のように輝いていた。そんなに珍しいものではないのに、その圧倒されるほどのアジと水のコントラストに思わず目を丸めてしまう。
「…きれい…ナマエ!プロシュート兄ィ!すっごく綺麗だよ!」
「そうだね…」
「…ああ」
最近怒涛の忙しさだったからだろうか、このふとしたモノに息を飲んでしまう感覚をプロシュートも感じたのだろう。チラッと目が合って苦笑いをした。わぁ…と必死に群れを目で追っていたペッシが少しずつ俯き下を向く。
「どうしたの?」
隣に並んでしゃがみそう聞くと眉尻を下げながらペッシは「うーん…」と困ったように笑った。

「…キラキラしたものに混じればおれもキラキラできる?」
質問の意図を読み取れないが、ペッシもこの歳のころに何か悩んでいたんだろう。ふとプロシュートを見つめれば首を傾げた。
「ペッシはキラキラしたいの?」
「うーんと…みんな目立つものってすきだから、おれもそうなりたくて…」
「そっか」
目立つもの、かぁ。人に観てもらえるモノってことだろうな。チビたちでいるとき、ペッシはたしかに自己主張が少ないしみんなの後ろにいる様子はある。あまり自分に自信がないのは大人の時と変わらない。

難しい話だなぁ。少し悩んだあとにペッシの目を見ながら話し始めた。
「…あのお魚さんたちはね、ぱっと見同じキラキラに見えるけどよーく見ると1匹1匹少し輝き方が違うのよ。ペッシも一緒で、目に見えない目立つモノがある。私はペッシの良いところをたくさん知っているし、プロシュートだってそうだわ」
「うーん…?」
「…難しいよねぇ…そうだなぁ、じゃあアノお魚さんたちってお互いを利用し合っているように見える?」
「見えない…仲良く泳いでるよ」
「そうだね、ペッシも信頼できる仲間を見つけたとき、きっとキラキラできるモノ見つかるかも」
そう言えば分かったような分からないような困った顔で笑う。あなたが思っている以上にみんなあなたに期待しているんだから。きっと今のペッシにはわからないことだけど。
「キラキラ、一緒に見つけようね」
「…うん!」
そう言って小指を絡ませれば、ハッとしてペッシが別の展示物に駆けていく。うまく丸め込まれただろうか。正直自分で言っておいて難しい。あの小さなペッシにはわからないだろうけど、将来日陰者になるってことを自信にしては良いが、後悔はしてほしくないのだ。

「…何がキラキラだ」
俺たちにそんなモノないだろ。プロシュートの言葉に水槽の中の魚の気分になる。彼ほど冷静に夢を見ない男もいないだろう。ぐるぐると自由に見えて縛り付けられた私たち。近づいて腕に手を回せば慣れた様子で驚きもせず私を見下ろした男の肩に頭を寄せて目を瞑る。
「…日陰者の私たちだって輝いてていいと思わない?」
「…言ってろ」
そう、水槽のように決められた世界の中でも仲間といれば輝けるかもしれないのだ。ペッシの言うようにキラキラした何かを私たちも。少し遠くで私たちを呼ぶペッシの声に引かれてアジの群れから離れた。