リクエスト:素直になれないギアッチョ
※ギアッチョ視点


「あ、買い物付き合って」
仕事帰りに助手席に乗っていた彼女が思い出したように口にした言葉に目線だけをそちらに向けた。彼女は窓の外を見ながらラジオから流れる音楽を鼻歌交りに歌う。少しだけ音が外れているのが面白くて笑いそうになるのを眉間にシワを寄せて耐えた。
「…どこにだァ?」
「ありがと、このまま車でよろしくね」
「だから何処にだッつってんだろォが!!」
「えーなんだっけ?ほら結構前に一緒に行ったショッピングモールで私が可愛い〜って言ったお店…えーと…名前忘れちゃった…でもそれアジトの近所にもあるみたいでね、あの時は時間なくて見れなかったじゃん?だから行きたくて、あとギアッチョにも見繕ってほしいから」
えーと、だとか、うーんと、だとか言いながら続けた言葉にイライラしつつ、最後の言葉にうっと言葉を詰まらせた。なんだよ、俺に見繕ってほしいって。
「情報が少なすぎンだ!もっとちゃんと調べておけよ!つか一緒にいったショッピングモールって何ヶ月前の話だ!!」
「ごめんごめん、アジトの近くの大通りでさ〜ほら角にお花屋さんがあって、そこの向かいだった気がする?たしか」
「不確定情報すぎるっつってんだクソが!たしかってなんだよ!」
「えー…、だめ?」
眉尻を下げてじっと見てくる視線に弱い。甘ったるくだめ?と聞く声にも弱い。チッと舌打ちをしてから「…しょーがねぇからいいぜ」といえば、一瞬で表情を明るくして両手を握り「わーい」と言った。何だその笑い方。
「ギアッチョ、本当に優しいねぇ」
「うっせェ!」
えへへ、そう笑いながらまた音の外した鼻歌を歌いはじめるし助手席にいるときくらい静かにできねーのかと、にやけそうな口元を奥歯を噛んで堪えた。リゾットには電話をしていてそのまま帰っていいと言われているから、あると思うと言った店の方へ向かい路上に車を停め降りた。助手席から降りたナマエの手を引けばくすくすと笑うから「あ?」と言えば「ううん、なんでもないよ」と言ってぎゅっと手を握り返してきた。なんだよさっきからムカつく笑い方しやがって。

そのまま手を引いて花屋の向かいの通りを歩くがそれらしい店は見つからない。コツコツと音を立てて歩くナマエの足元を見れば見慣れない靴でそういえば今日は少し目線が近いなと思った。
「…おい疲れてねェか」
足元を指差せば目を丸めたナマエが口元を緩めて目線を逸らす。
「えっ?あー…そういえばそうかもしれない…」
「そういう時は言えっつってんだろ」
「ごめん〜…お店見つからないしお腹すいたからどっか入ろ!あのリストランテとかどう?」
「お前目的コロコロ変えんなよ」
「だってお腹すいたんだもん」
ね、だめ?ほらみたことか、すぐそうやって『だめ?』とか聞いてくる。こいつ確信犯だろ。ふつふつと湧く暖かい感覚に、一度だけはぁと息を吐いて頭を掻いた。
「…俺も腹減ったからいいぜ、先食うか」
「うん、ありがと」
腕に抱きついて満面の笑みを浮かべるナマエに可愛いとか思ってねェし、いや俺も誰に言い訳してるんだ。わけもなく顔をそらした。

食事を終えて、食後のドリンクを頼む時にメニューを見ながらうーんと唸る彼女にイライラしつつ「何に悩んでんだ」と聞けばアイスティーにすべきか紅茶にすべきか悩んでると言ってきた。
「あったかいのにしとけ」
「なんで?」
「なんでって身体冷やすのはよくねェ」
「…ギアッチョがそれ言う?」
「うっせェ!女はそういうの気をつけろって言ってんだ俺はよォ!」
きょとんとして首を傾げたナマエを無視して店員を呼んで紅茶を頼んだ。目をぱちぱち瞬きさせてからニヤニヤと頬を上げて「ありがと」と言った。なんでお礼を俺に言うんだクソ。つかその顔ムカつくくらい可愛いな。あ、いや可愛くない、ムカつく。
「そのニヤニヤ顔ヤメろムカつくから」
「はいはい」
「なんで2度もはいって言うんだよ意味わっかんねェそういうのムカつくんだよォ!」
「あーもー…はーい」
チッと舌打ちをしても気にしない様子でドルチェを口に含む。美味しい、と言いながら顔を綻ばせ夢中になっているナマエに目を細めれば目があって「ふふ」と笑った。
「…ンだよ」
「ううん?食べる?」
「食う」
「はい」
スプーンに一口サイズに乗せられたソレをニヤニヤしながら俺に差し出したナマエの手首を掴んで口に含む。手を離して顔を見れば真っ赤になっていて、はあ?と思わず声が漏れた。口元を手で隠してはぁとため息をつかれる。
「…びっくりした…」
「意味わかんねェ」
「こちらこそ…」
「はあ?」
「だってギアッチョ絶対こういうの恥ずかしがると思って、そんな急に、いやでも…そう言うとこも好きだけど…いやでも」
とかぶつぶつ言い始めてなんだこいつナメてんのかと思った。あと俺の方が好きだから多分。言わねェけど。


食事が済んで店を出れば帰ろうと言い始めるし、結局なにも目的が果たせてない。
「行きたいって言ってた店はどーすんだよお前」
「うーん…また別日でもいいかなぁ」
「ああ?なんだよそれ」
コロコロ意見が変わるから女ってのはめんどくせェ。
「今日はギアッチョとデートできたからソレで満足」
「…デートって言うのかこれ」
「最近忙しくて出かけられてなかったじゃん?」
繋いでいた手の指先を絡めて、ナマエが俺を見上げる。じっと見つめられて、言いようのない感情に口を閉じた。たしかに最近は忙しくて食事を外でするなんてしていなかった。バツが悪い、そう思いながら頭を掻けば「ねえ」と呼びかけられる。
「あ?」
「キスしてほしーなーなんて」
「はあ?」
ここでか?停めていた車はもう少しなのに何言ってんだコイツ。『ねえ、だめ?』と催促するように言ってから目を閉じて少しだけ顔を寄せてくる。馬鹿じゃねェのかほんとによ。クソ。あーーーと声を出したくなるのを我慢して、触れるだけのキスをすれば目を開けてニヤニヤと顔を緩ませる。
「お前わかっててやってンだろ」
「んー?なにがー?」
「うっぜェ…」
「はいはい…じゃないや、はーい」
機嫌のいい彼女が手を引いて車まで歩く。ムカつくし、色々言いたいことはあるけど仕方ない。結局いつもこうなる。惚れた弱みは絶対的だ。ぜってー言わねェけど。