リクエスト:彼女が妊娠したけど、受け入れてくれるか悩んで隠しちゃう…のをすぐ気づいちゃう彼



明後日から仕事でローマに行くぞ、とリゾットに言われ、仕事とはいえ2人で出かけるのなんて久しぶりだと喜んだ。最近は忙しくて自宅では会話らしい会話も出来ていないし、帰って来れば布団に潜りこみすぐ寝てしまう。同じ家に住んでいて、同じベッドで寝ているというのにこれじゃあ結婚もしていないのに熟年夫婦も良いところだ。ローマには調査に行くらしく危険なことはないから1泊して少し観光しようという話もしたし、これは夜に久々にあるかもしれない。少しだけ期待しながら自宅のトイレに入った時に掛けられたカレンダーを見てふと思い出した。

「…私、生理きてなくない?」

もしかしてローマの夜は久々にえっちできるかも、なんて矢先に生理かぶるかなと思ったらコレだ。あれ?まじでいつ?掛けられたカレンダーを2ヶ月前に戻して確認すると、1ヶ月半ほど来ていないことに気づいた。
「…」
生理周期は割としっかり安定しているし、いつもずれても1-2日。ストレスは溜まっていない。おかしい。背中に冷や汗が伝って、最後にシた日を思い出す。随分避妊という避妊はしていなかった。だとしてもだ、いやいや、待ってほしい。困惑しながらもとりあえず検査薬を買いに行こう、と財布を持って家を出た。


「…やっぱりだ…」
初めて使うからと何度も説明書を見た、それでもやっぱり結果は変わらない。確実にこれは妊娠している。遠くで見ても、近くで見ても線が淡く引かれているのだ。心の中で何度もマジかぁ…と考えて頭を抱える。
「言わなきゃダメだよね…」
はぁとため息をついて今日も仕事で遅い男のことを考えた。


「ただいま」
「おかえり」
珍しく日付が変わる頃には自宅に帰ってきたリゾットをパジャマ姿で迎えれば玄関でぎゅっと抱き合って頬にキスをする。帰ってきたときのスキンシップは昔から変わらない。いつもと変わらない様子でそのままバスルームへと向かっていく背中を見ながらばくばくと揺れ動く心臓を掴むように胸元を握った。
「お、落ち着け私…」
その瞬間にバスルームのドアが開いて上裸の男が顔を出す。
「ナマエ、パンツを…どうした?」
「な、なんでもない!持ってくる持ってくる!ちょっとまってて」
険しい顔をして玄関から動かない私を不審に思ったのだろうリゾットは首を傾げたが、特に気にすることもなくバスルームへと戻っていった。

「どう言えばいいの…」
自分はまごうことなき犯罪者だ。彼は性根はとても優しく情に熱い人間だ、それでも犯罪者だ。何人も人を殺してきた。私もそうだ。そんな人間に、命を作り出してもいいものなのだろうか。まだ検査薬の結果でしかないが、たしかにいるのだろうお腹に手を起き目を瞑る。彼はきっと喜んだ後に見えないところで困惑するだろうな。そういう男だ。

シャワーを浴び終わりリビングへ入ってきたリゾットがソファへと並んで座る。
「何か飲む?」
「いや、いい」
「そっか」
目の前で流れるテレビの映像は全く頭に入って来ず、いつ言い出すべきか、それともこれは言わずに病院で相談すべきか。ぐるぐると頭の中ではこのことで頭がいっぱいだ。
「ああ、そうだナマエ」
「ん?なに?」
「明後日のローマの件だが」
「うん」
仕事の話を始めたので耳を傾けるがどうも内容が頭に入って来ない。ぼーっとする思考回路に気づいたのかまた首を傾げ「今日は何かあったか?」と聞いてきた。
「え?」
「なんか様子が変だな、何かあったか?」
「な、んにも…ないよ?」
なんにもなくない。でもうまい言葉が出てこないのだ。じっとみつめられる視線に耐えられず目線を反らせばリゾットは何を思ったのかそのまま唇を重ねてきてソファへと押し倒してくる。驚きで瞬きをすればきょとんとしたような顔で「本当にどうしたんだ」と言ってきた。

「え…と…」
「体調が悪いのか?それとも何か言いづらいことか?」
リゾットの言葉に何も言えず唇を噛んで目線を反らす。その様子を見て彼は少しだけ笑った。
「…もしかしてアレのことか?」
「アレ?」
「ゴミ箱に箱が捨ててあったアレだ」
「あ、れ…?……あ」
途端に顔に熱が集まり、自分の犯した失敗を思い出す。検査薬が入っていた箱をそういえばトイレから出た後に脱衣所のゴミ箱に捨てたのだった。証拠隠滅をすることをすっかり忘れていた。詰めが甘い、ヒットマン失格である。何も口を開かない私にリゾットは追い討ちをかけるように頭を撫でてちゅっと額にキスをする。
「どうだったんだ」
「…デキてたよ」
「…そうか、よかった」
「…本気で言ってるの?」
思ったよりすんなりと言われた言葉に目を丸め、今度は私がリゾットを見つめる。リゾットは何かおかしいことでも言ったか、とでもいうように見つめ返してきた。
「嫌なのか?」
「そ、んな…わけじゃあない…でも…」
自分が親になるというのには少し恐怖を感じるのだ。まともではない人間なのに、子どもはちゃんと育つのだろうか。女というのは気が早いもので、命が宿ったと分かると子どもが大人になるまでのことを一瞬で考えてしまう。
「大丈夫だ」
きっぱりと言い切り私を愛おしそうに見つめる目が苦しい。
「なんでそう言い切れるの」
「俺もいる、それにナマエは良い母親になれる」
「…メローネみたいなこと言わないでよ…」
「すまない…それ以外の言葉が見当たらなくてな」
困ったように笑う男につられて笑いが溢れる。
「産んでもいいの?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ、明後日のローマはやめにしよう。別の人間を行かせる」
「うん」
目を細めて唇を重ねる。私はこの男を見誤っていたようだ。