リクエスト:夫婦のお話



「ここが…杜王町…」
タクシーで空港から30分ほど、目的地の杜王町へやってきた。アメリカからの長旅はだいぶ骨が折れたけど洋服類はこっちで買おうと何も持ってきてはいないのが救いだろう。今回の目的は「…色々めんどくさいことが発覚したから日本に行く」と言ったっきり連絡がなかった旦那を探し何故ホウレンソウができないのかを問い詰めるためだ。

「あのォ…お客さん…代金の方は?」
「あ…これで。お釣りはいらないので、領収証お願いします」
「かしこまりましたぁ」
やけに語尾を伸ばす運転手に1万円札を渡してキョロキョロと周りを見渡す。久しぶりの日本の雰囲気と空気の美味しさに思っていたより心は弾んでいた。

「(おかしいなぁ、旦那ひっ捕まえたらぶっ飛ばそうと思ってたのに)」
本気でやったらぶっ飛ばすどころかぶっ飛ばされてもおかしくないのだけれど。そんな気分も失せるくらいには自然の尊さに気分が和らぐ。
「お客さん宛名は?」
「ああ、大丈夫ですよ。お世話様です。ありがとうございます」
「じゃあ私はこれでぇ」
乗っていたタクシーが消えていき、それを見送ってからゆっくりと街並みを見つつ歩き始める。自分が住んでいた町とは全然違う、少し田舎のこのM件S市に旦那である空条承太郎はいる。はぁ、とため息をついてから駅前の地図を見つつ首を傾げた。
「まずはホテルか」
きっとあの人のことだ、1番いいところの1番良い部屋を取っているだろう。日本人の血が流れているクセに無駄に大きい図体は、シングルベットじゃあ絶対無理だもの。



ホテルへの道のりを歩きながら街並みを堪能していると、高校生には見えないほどガタイが良くて目立つ学生服姿の男の子2人と、身長の小さな男の子が3人で歩いていた。地元の子なのだろう。ここら辺に詳しいかもしれない。
「あの…ちょっと尋ねてもいいかな」
「えっ」
目を丸くして振り返った男の子は特徴的な髪型をしていてちょっと面白い。あれ?まじまじと顔を見てみると少しだけ承太郎に似ている気もする。思わずふふっと笑うと、目を丸くした男の子たちがキョトンとしたので慌てて「ごめんなさい、知り合いに似ていたもので」と言ってかけていたサングラスを外した。

「お姉さん、旅行っスか」
「旅行じゃあないんだけど、ちょっと人探しに来ててね」
「…そうっスか」
スンゲー美人な姉ちゃんじゃあねェか!ともう1人の男の子が言っているのを悪い気はしないと聞きながら、ジョウスケと呼ばれた男の子をみながら首をかしげる。
「ここら辺で一番値段が高いというか…良いホテルってどこかな?」
「あー…どこになるんだ?杜王グランドホテルとか?」
「承太郎さんが前にチラッと言ってた金額聞いてビックリしたし多分そうじゃないかなァ」
「…承太郎?」
旦那に似た男の子と、身長の小さな男の子の会話の中にまさに自分が探していた人間の名前が聴こえて思わず声に出してしまう。「あ、気にしないでください」と言った身長の小さな男の子にぐっと近づいて「今、承太郎って言った?」と詰め寄ると小さな男の子がキョトンとしながらジョウスケくんと目を合わせた。

「…承太郎さんになんか用っスか」
一瞬にして警戒心を沸かせたジョウスケくんにあー…と声を漏らし、笑顔を作る。これは完全に怪しまれている。
「怪しい者じゃあ無いんだけど…ちょっとその承太郎に話があって、案内してもらえたりできないかな」
「今チコっと立て込んでるんスよ、あんまり素性がわからないヒトに教えるワケにはいかねェっス」
「立て込んでる?」
またあの人は変なことに首を突っ込んでいるのか。はぁ、とため息をついて額に手を当てる。現役というほどでもないのに、なんて考えていたら懐かしい雰囲気を感じて顔をあげればジョウスケくんと呼ばれた男の子の背後にゆらっと現れた影に息を飲んだ。
「…まさかスタンド使いだとは思わなかったわ」
「アンタやっぱりッ」
3人が距離を置いてこちらの様子を伺う。なんてこった、3人ともスタンド使いだなんて。
「ちょっと待って落ち着いて…」
「いいや!待たねェッ!」
ジョウスケ君の横に居たもう1人のガタイがいい男の子のスタンドが右手を振り、空を切る。グンッと引っ張られる感触がして目を瞑った。

「じょ、承太郎…」
ハッとして目を開けると背後に温もりを感じて声の聞こえた方を見上げる。久しぶりに見る顔は思いのほか健康そうでよかった。
「承太郎さんッ!あぶねーッスよ!そいつスタンド使いっス!」
指を差され冷や汗をかくジョウスケ君を見ながら承太郎が「やれやれだぜ…」とため息をついた。
「……仗助、こいつは…俺の女房だ」
「「「ええええっ!?」」」
目の前で漫画のようなリアクションをとって驚く少年たち。ちょっと面白い。承太郎を見上げて「何も言ってないの?」と伝えると「必要な情報じゃあないからな」と言われた。
「何よそれ」
この男って奴は。はぁ、とため息をついているとジョウスケ君たちが慌てて腰を折って謝ってくるので「大丈夫だよ」と言いなだめた。
「承太郎言葉数少ないもんね、迷惑かけてないかな?」
「全然っス!」
「いつも承太郎さんにはお世話になってます!」
「承太郎さんにこんな美人な嫁さんがいるとはなァ…」
「バカ億泰!」
警戒心を解かれて賑やかになる子達をみながら頬が緩む。エジプトの旅を思い出すような賑やかさだ。


そのままタクシーを拾って承太郎が泊まっていると言っていたホテルに向かい、フロントで1人増えることを説明してもらい部屋に入る。案の定取っていた部屋は広く、ベッドも大きかった。
「やっぱりね、広い部屋借りてると思った」
「…どうして来た?」
「久しぶりに会う嫁に対してかける言葉がそれ?」
コートをクローゼットに入れてベッドに腰掛ける。脚を組んでからソファに座った男を目線で追い思っていたことをチクチクと言えば「はぁ」とため息をついて立ち上がった。
「今ココは危ない」
向き合う形で目の前にしゃがみ込み、私の手のひらに大きな手のひらが重なり指を絡められる。久しぶりに触れる硬くて大きな手は私の心臓を大きく揺らして連絡がなかったことなど忘れて流しそうになってしまいそうだ。

「……危ないのはわかったわ、あの子たちの警戒心を見る限り察するし、何も聞かずに明後日にでも飛行機が取れれば帰る。…だとしても、こうやって触れ合うのは久しぶりなのにその態度は寂しい」
いわゆる恋人繋ぎで繋がれた手を口元に持っていき、指先にキスをして承太郎の目を見つめる。厳しい顔をしていたのに、その行為で目元が緩んだ。
「…それもそうだ」
立ち上がり、肩を押されてベッドに横たわる。覆いかぶさるように組み敷かれ、天井と一緒に見える顔は口元が緩められて優しげだ。目を瞑れば何度かキスをされる。
「ふふ、久しぶりにキスしてドキドキしちゃった」
結婚してから数年経つし、それなりにキスもしてる、それでも珍しく連絡もなく消息を絶っていた愛しい男に会えたのだからこのドキドキも良いものかもしれない。くすくすと笑う私を見下ろしながら、バツの悪そうに「…悪かった」と言った大男にまた笑みがこぼれてしまう。
「はいはい、うちの旦那様のそういうところも含めて愛してるよ」
冗談めかしにそう言って頬を撫でる。歳を重ねても変わらない整った顔が、ジッと私を見つめて薄く笑う。
「…ナマエ、愛してるぜ」
めずらしく愛なんて囁いて、何度もキスをして、ベッドに沈むんだから結局怒れず終いなのだ。