※風丸さんがあまり出てこない
※不動くんの長くて苦い片思い失恋話

「あーもーやーだーあーきーおーちゃーんー」
チェーン店ではないにせよ、大衆じみた個室居酒屋で名前ちゃんと吹雪と飲んでいたら、チームのメンバーから電話がかかってきて席を外したのが15分前。

戻ってくると先ほどまで10年たっても初々しさ満載にお惚気を続けていた名前ちゃんが大泣きをしていた。
「…電話に行ってる間に何が起きてんだよ…」
「名前ちゃん不動君がいなくなってから残ってたジョッキ一気飲みして、泣き出してさ」
「吹雪は平然としすぎだろ!」
「だって僕の目の前で女の子ってよく泣くから」
「…聞かなかったことにするわ」
あはは、と笑う雪原のプリンス(笑)を横目にべそをかく名前ちゃんの前から皿やら箸やらをどけた。
「何があったんだ…」
「あっ、僕は何もしてないからね!」
「わかったわかった」
「ぐすっ…風丸さんからこんな連絡が…ぐすっ」
画面が光るタブレットを見せられ、画面にはトークアプリのトーク画面が映っていて申し訳なさそうなスタンプと「迎えに行けない」の文字。

「は?」

これがどうした、と吹雪を見ればため息をつく。
「ほら風丸君って僕らと飲みに行くの気にしないけど、絶対名前ちゃんの迎えには来てたじゃん」
「…」
そうだったか?前回飲んだ時の記憶を思い出して、ああ、と納得する。
そういや居酒屋の前にバイクで来てたな。
「で?これが?」
「風丸さんっ、おこったかも…」
「はぁ?」
支離滅裂とはこういう時に使うんだろう。女の思考回路ってものは大人になってもわかんねえ。

「いつも迎えに来てくれる風丸くんが『いけない』っていうのが名前ちゃんは悲しいんだよね」
「…わけわかんねェ…」
「わけわかるし!!明王ちゃんどうしようー!」
「しらねェ」
通りかかった店員に新しいお酒と水を頼む。
「ぐすっ…なんで来てくれないのかな…」
「疲れてるとかじゃないの?」
風丸君ずっと仕事しっぱなしだったみたいだし、と吹雪が言うが名前ちゃんが首を振る。
「疲れててもいつも迎えに来てくれるもん…」
「うーん…」
「名前ちゃんに飽きてほかの女と遊んでんじゃね」
「えっ…」
「不動君!」
「うっ…うぇーん」
泣き声が大きくなり赤い頬を大粒の涙が伝っていく。昔から思うが、こいつ風丸のこと好きすぎないか。
「ぜったい、っそんなことヒック…ないもん…」
「あーはいはい」
「めんどくさいから本人に聞いちゃえばいいじゃないかな?」
テーブルの真ん中に置かれたタブレットには『風丸君』と表示されており、スピーカーにしているのか発信音までしっかり聞こえた。
「ヒィッ…ほんっと吹雪くんのそうゆうところ嫌い!」
「だってめんどくさいよ」
「だからお前こないだ女に『もしもし?』よー風丸?」
『不動?吹雪の電話からなんで不動がかけてくるんだ?』
「もしもし風丸君?実は名前ちゃんが面白いくらい風丸君のことで大泣きしててね」
『はぁ?』
「迎えに来てくれないのは怒ってるからだ、って言ってるけど何か怒ってたりする?」
吹雪が聞くと暫くしてから電話越しで風丸のくすくす声が聞こえた。
『違う違う、単にさっき円堂と少し飲んだからバイク出せないだけだって』
「ほら」
「うーっヒックッ…よがっだー…」
『もしかして名前相当飲んでるんだな』
「大丈夫帰りは不動くんがタクシーでそっちまで送るから」
「はぁ?オレかよ!?」
『悪いな不動、よろしく』
電話が切れて名前ちゃんのしゃっくりだけが個室に広がる。
眼を腫らしながら嬉しそうにニヤニヤする顔を軽く叩くがニヤニヤとする顔は緩みをやめない。

「私愛されてると思う?」
「風丸君に?もちろんだよ」
「ケッ…」
「えへへー」
幸せそうに笑う名前ちゃんを見てため息が出た。
「そろそろ帰るか」
「そうだね、あと15分くらいで僕も迎えが来るし」
「…」
恐らく女だろう。だから名前ちゃんを送っていくのを俺に押し付けたんだな、吹雪。

居酒屋の目の前でタクシーを捕まえ、名前ちゃんを先に押し込んで乗り込む。
「じゃあな」
「うん、次会うのは風丸くんと名前ちゃんの結婚式かな?」
「たぶんそーだろ」
「おやすみ、不動君、名前ちゃん」
「おー」
「おやすみぃ!ふぶきくーん!」
ベロベロに酔った名前ちゃんが窓にもたれて半分寝始めた。うるさいよりはマシだけど、すごく腹が立つ。

「チッ」
自分のタブレットを開き風丸に「タクシーのった」と送れば少ししてから既読がついてOKとスタンプが返ってきた。

何もかもに腹が立つ。
10年経ってもお互いの気持ちが離れるなんて考えてもいない2人、当然のように隣にいて息を吸って歩める人がいる羨望。
寝息を立て始めた名前ちゃんを見て気持ち悪くなった。

そういや昔こいつに少しでも好意を持っていたな、馬鹿らしい。
日本代表としてFFIに出たときに、名前ちゃんが俺に気を使ってたのを覚えてる。
その時からコイツは風丸君一筋だったけど。
懐かしいと思う反面、自分がつくづく惨めに思えた。

「馬鹿面」

あの時頑張ってれば変わってたかもしれないなんて今更女みたいに思う気はさらさらない。
だって彼女は来月、風丸と結婚するんだから。

2人のマンションにつき、爆睡していた名前ちゃんを叩き起こして補助しながら立たせた。
「チッ…重ェ」
「ひどーい、風丸さんはそんなこと言わないもん」
「はいはい風丸君は名前ちゃんの王子様だからねー」
オートロックのカギを鞄から探し出すのもめんどくさくて部屋番を押せば間延びした風丸の声が聞こえ、ドアが開きそのままエレベーターに乗った。

ゆっくりと上がるエレベータの中で、沈黙が広がる。
「…風丸ってどんな存在」
タクシーの中でぶり返した熱が胃の中でぐるぐるして、口にしてしまった言葉に鳥肌が立った。キモ…。シーンとしたエレベーター内にきまずさを覚える。
酔っ払いに聞いたところでと彼女を見れば、少しニヤけた真剣な顔で「私の全てを変えてくれた大事な人」と言うから何も言えない。

2人の部屋がある階にエレベーターが到着し、降りるとドアの前で風丸が立っていた。
「よ、不動。悪いな」
「たくお前のところの嫁さんなんとかできない?泥酔するとめんどくさいんだけど」
「それだけ不動や吹雪を信用してるんだよ」
ふらふらしながら風丸に抱き着いて寝てしまった名前ちゃんを見てほっとする。
過去に自分が好きになった女が他の男の胸で満足そうに笑ってるのをみて、安心するなんて年取ったな。

「じゃあ、俺帰るわ」
「えっ、少し飲んでくと思ってた」
「いや、なんかもう今日はお腹いっぱいだわ」
「はは、悪いな」
「へーへー、じゃ」
背中を向けてエレベーターへと向かったところで「あ。そーだ」と言って振り返る。

「結婚オメデトー」

部屋のドアに手をかけていた風丸がびっくりしたように瞬きをする。

プロポーズを受けたと嬉しそうに彼女は言った。
この世で一番幸せな女だと自分で豪語して。
その時の笑顔がこの世で一番輝いてて、自分が作ったものじゃないことに少しだけ悔しいとは思った。それでも彼女が嬉しそうに笑ったことが一番嬉しい。

少ししてからなんていうか恥ずかしいのか微妙な笑顔を作って、彼女とお揃いのプラチナの指輪をはめた左手を挙げ「ありがとな」と言った。

1人タクシーに乗り込んで、はぁとため息をつく。

まぁ、おめでとう。
一生誰にもこんな本音は言うつもりはないけど。
好きだったとかそういうのに蓋をした。