02



「エリカちゃーん! こっちこっち!」
「名前!」


 黒森峰の校舎に程近い、ここ最近に新しく出来たカフェにて会う二人。店は落ち着いた雰囲気で流れる音楽や内装にはセンスを感じられる。
 名前に久しぶりに会えたと内心喜ぶ逸見エリカだが、これから悪い報せを聞かされるとは思いもしないだろう。

 元々名字名前には夢がある。憧れだ。彼女がその道に進もうとするのは必然とも呼ぶべきものだ。その気持ちは今でも変わらず、自らの心の中にある。大学はそこに進学する。何年も変わらず思ってきたことだ、逸見エリカが何を言ったって変わるものではない。
 逸見エリカには大事な人がいる。性格故友人と呼べるものが少ない逸見エリカはその『大事な人』を昔から大切にしている。仲間と呼べるものはいても、一緒に遊びに行く、昼食を共にするなどはほぼない、所謂友人と呼べる関係性ではないのだ。

逸見エリカは依存している。誰に、名字名前に。溺れていると表現してもよい。人と酸素、植物と太陽、水と魚、どう表現するべきかは逸見エリカ本人にも判断しかねるだろうがどれも間違いではない。
 そのような存在がなくなったらどうなるか、想像すらしたこともない。したくない。逸見エリカの本音はそれだ。
 名字名前は考えた。逸見エリカとの関係を。いつまでも共にありたいというのは常々思っているし、夢と逸見エリカを天秤にかけることはしたくない。
 名字名前と逸見エリカの違いは矛盾を受け入れているかいないかである。逸見エリカは受け入れている。逸見エリカは自分がエゴの塊のような人間だと自覚している。離れたくない、この一点に尽きる。
 名字名前は矛盾を捨てきれずにいる。諦めきれない夢ではあるが、逸見エリカという友人を暫くの間とはいえ手放すことに抵抗があるのだ。


「いい雰囲気ね、ここ」
「そうだよねえ、最近のマイブームはここでお茶することなの」
「ねえ、今日はなんで呼んだわけよ?」
「……あー、うん」

「ちょっと、黙ってたら分からないじゃない」
「えーっとね、私の進路についてなんだけど……」

 それは逸見エリカが一番聞きたい言葉だった。名字名前は逸見エリカにどんな顔をして伝えればよいか分からなかった。
 親友から告げられたその言葉に思わず立ち上がってしまう逸見エリカであるが、周囲から怪訝な目を向けられ腰を下ろす。その拍子に足をぶつけたのは恥ずかしいから口には出さない。

「そ、それで? 続きをさっさと話しなさいよ!」
「私ね、東京の大学に進学したいの」
「は?」

名字名前の発言は逸見エリカに衝撃を与えた。学園艦は普段は海上にいる、そもそも黒森峰の母港は熊本であり東京との距離は約1000kmと気軽に会える距離ではない。
 いつか別れの時が来るとは理解していた、だがその時がこんなにも早く来るとは誰が予想していただろう。逸見エリカ含む黒森峰戦車道チームの面々は隊長西住まほと同じ大学に行くとばかり思っていた。寧ろ黒森峰の生徒で戦車道とは全く関係のない進学先を選ぶ者など少数、故にこの発言は全く予想しておらず先程の「は?」という反応にも頷けなくは無いのだが。

「昔から夢があってね、それを学ぶにはあの大学が最適なの……だから」
「だから?だから何なのよ」
「エリカ、ちゃん?えっと、その……もしかして、怒ってたり?」

 俯き唇を噛む逸見エリカに対し、どうすればよいか分からないと言った様子で慌てる名字名前。
伝えたいことはある、勿論あるのだ。だがそれは逸見
エリカの元来の性格からしてそう口に出せるものではない。ツンデレなどと言う可愛らしいものを通り越したひねくれものなのだ。

「……帰るわ。はいこれ、代金よ」
「えっと、エリカちゃん! おつりとか、色々……」
「五月蝿いわよ……!」
「っ!」
「……本当に今は、ごめんなさい」

 そう言って立ち去る逸見エリカの後ろ姿を見守ることしか出来ず、呆然と立ち尽くす。
 嗚呼、あの時なんと声をかければよかったのか。後悔先に立たず、とはこのようなことなのだろう。こうして、名字名前と逸見エリカの二人で過ごす久しぶりの休日は終わった。


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