「あなたは誰?」
 ふうん。長いからデストロイヤーでいいかなあ。おにいちゃんのバディなのね。
 最近、おにいちゃんがあそんでくれないの。ゆうがさんやはるくんとも会えないし。あなたがいっしょに遊んでくれる?

「あのとき、ママとパパがおかしかったのはあなたのせい?」
「随分漠然とした質問だな。お前が今まで見ていた父と母の姿を我は知らぬのでな」
「はぐらかされちゃった。でもいいの、二人とも全然遊んでくれなかったし」
 この少女は冷めている。デストロイヤーはそう思った。人間界の一般的な常識などデストロイヤーにはどうでもよかったが、人間という生物は親と子の関係について遺伝子が繋がっているという事実以上のものを感じていると認識していた故に不思議だった。
 ずっと家にいなかった家族が帰ってきたと思ったら引っ越しとは。何かに急かされるように引っ越し準備を進める両親と、いつもと雰囲気が違う兄は、幼い子供だったとしても疑問に思うことであろう。夏休み中に全ての準備を済ませ別れの挨拶をする暇も無く少し離れた土地に引っ越した。そんな時だった。兄のバディを名乗るモンスターが名前の前に現れたのは。
「わたしもバディファイトをはじめようかな」
「ほう、小娘が」
「いやね!わたしは小学3年生よ!」
 今日はセイジも大志郎もダ★ダーンもライトも、兄もいなかった。デストロイヤーはSD化して本を読む名前を後ろから眺めていた。擦りきれる程何度も読み返した本はボロボロになっていた。
「して、何故バディファイトを?」
「おにいちゃんの見ている景色が見たいの」
 この少女は兄のことは大切に思っているらしい。それは普段の言葉の端々から感じられた。加古川ランマという少年が、デストロイヤーに乱魔という名前を与えられた後でも、少女は兄のことを想っていたように感じる。
 デストロイヤーに与えられた仮初めの住居も本来ならば少女が住むはずだったが、最早物置と化している。少女は望んで兄と共に町の外れの廃屋に住み、夜は肩を寄せあって寝ている。
 今日のように日中乱魔がここにいないことは珍しくない。大抵誰かしら一人はいるから話に付き合って貰ったり、ボードゲームで遊んだりしているが今日ばかりは誰もいない。町に出るのも変な大人に声をかけられて以来、兄に禁止されていた。
「ねえデストロイヤー。あなた、透明になれるでしょ?」

「カードショップってここでいいのね?」
「ああ」
 平日の昼間のカードショップは閑散としていた。背後に控えるデストロイヤーに小声で語りかける様子は何か見えてはいけないものが見えているように勘違いされなくもないが、それは如何なものか。そんなこと気にせず、少女は店内を興味深そうに見つめる。
「これはなあに?」
「パックを買わずともすぐ始められる構築済みデッキ、というやつだな」
「そう。ならこれのどれかを買うのが丸い、ってやつね!」
「小娘、さては形から入るタイプか?」
 結局この日はしっくり来るものが見つからず、購入はまた後日となった。今度はおにちゃんを連れてこようかしら、なんて思いつつ店を後にした。兄は人気者だからファンに囲まれてしまい買い物どころじゃなくなってしまう、と少し悲しそうにデストロイヤーに語ったのは、この先ずっと二人だけの秘密だろう。
 町には営業回りのサラリーマンや、暇そうな大学生、不良らしき高校生。少女が一人で歩いている姿は異質だった。言いつけを破ったのは別に、兄に反抗したいだとかそういった気持ちだからではない。デストロイヤーがいるから大丈夫だと思ったのだ。
 少女にとって、朝や放課後の景色はもう見飽きたものだった。休日の景色もとっくに見飽きた。今見ている景色は、学園に通っていた頃の名前では見られなかったものだ。兄の言いつけを破ったことも含めて、なんだか自分が“悪い子”になったみたいでほんの少しの罪悪感がある。
 一方デストロイヤーは、この少女がバディレアを引いたらロストライズさせるのか、気になっていた。きっと、兄や我や自分の意思も関係なくロストライズさせるだろう。デストロイヤーはそう考えていた。ロストの力を使う人間が多ければ多い程、そしてそのファイターが強ければ強い程、ロストワールドの名が世界に轟く。兄がそうするなら自分もそうする。デストロイヤーが結論付けた少女の在り方はそれだった。
「ねえデストロイヤー。あなたは先に帰ってて」
「乱魔に怒られても、我は庇わぬぞ」
「うん。わかってる。おにいちゃんにわたしはちゃんと帰るからって伝えてね」



「君、加古川名前ちゃんだね?」
 いちじほご?そう……どうせ出してもらえないならいくらていこうしようとむだだよね。カツ丼は出てくるのかしら。出てこない?あーあ、つまらない!けいじドラマはうそだったのね!

「デストロイヤーは意外とすなおなのよね」
「何か言ったかい?」
「いいえ、長官さん。長官さんってひまじんなの?って聞こうと思っていたところ!」
「暇人……ではないかな。君はこちらとしても丁重に扱うべき重要な参考人だ。僕自ら出向く道理はあるよ」
「さんこうにん、ねえ……わたし、じけんとかこころあたりはないです! はい、これでまんぞく?」
 皮肉混じりに応対する少女に、これは手強そうだなと思わざるをえなかった。
 ライトから報告を受けたタスクが出した結論は「加古川名前はロストワールドと無関係」であった。ただ兄に付き添っていただけ、だと。凶乱魔竜 ヴァニティ・骸・デストロイヤーを捕らえる際にこの少女は邪魔だと判断されたから一時保護の体で閉じ込めていると伝えたら、どんな反応をするのだろうか。
 もうタスクには興味が無いのか、部屋に置かれている本を読み始めた。
「何も僕達は君を何らかの犯罪者だと疑ってるわけじゃない。君には数日間ここにいて貰う。ただそれだけだ」
「それで? ここから出られたからといってぜんぶもとどおり、なんてことはなさそうね!」
「……ああ、もうこんな時間だ。暇な時は遊びに来るよ」
「そういえばこれがききたかったの。ちゃんと三食ご飯付き?」
「勿論。味は保証するよ」
 タスクが出ていった。鍵を閉めた様子は無いが、鍵の開いているドアを出てそのまま出口に向かって脱出完了なんてことがあり得ないのは子供でも分かる。これから数日間この空間で過ごさなければいけないことを考えると、名前は兄に対して申し訳なく思った。心優しい兄のことだ。デストロイヤーに伝言は頼んでおいたとはいえ、いなくなったと知れば自分を探すだろう。
「おにいちゃん、ごめんね」
 小さな子供には広すぎる部屋で一人ぽつりと謝罪の言葉を溢す様子は痛々しさすら感じた。
 日付も変わって朝を迎えた。昨日夕食の時は警戒をしていたが、毒など入っていないと分かると素直に完食し、布団に入ればすぐ寝てしまった。少女は布団で寝るのは久々だった。体が痛くない目覚めはいつぶりなのだろうか。
 本当なら夕食後に書くはずだった手紙を書き始めた。内容は頭の中で既に決まっていた。
「おにいちゃん、デストロイヤー。名前は生きてるよ。あんしんしてね。」
下手に今の状況を書いたらバディポリスに手紙を没収されて終わりだと考えた少女は内容を簡潔にまとめる。
「やあ。おはよう」
 前触れも無くタスクが部屋を訪れた。いや、監視カメラで24時間の監視体制が築かれているだろうしバディポリス側は名前の元へ行く最適なタイミングを見計らっていたのだろうが。
「おはようございます」
「何を書いているんだい?」
「おにいちゃんとデストロイヤーへの手紙です。うん、かけた」
 昨日女性職員がレターセットを持って少女の元を訪れていたのはそういうことか。タスクは合点がいったよ、と独り言を溢す。
「これ、おにいちゃんにわたしてもらっていいですか?」
「ああ、渡しておくよ」
「かくれてすてたりとか、しないですよね」
「すまないな。手紙の内容次第だよ」
「……いけすかないひと」



 わたしは、デストロイヤーとおにいちゃんがいっしょにいてくれればいいの。
 ゆうがさん?ゆうがさんはだいじなおともだちだけど。きおくが消えたら……って、おにいちゃんのねがいはそれなんでしょ?わたしにとめるりゆうはないですから。ゆうがさんはきっときおくをなくしてもゆうがさんのまま。おにいちゃんはじぶんの入るすきまがほしいだけ。
 デストロイヤー?デストロイヤーのことならわたしじゃなくておにいちゃんにきいて。デストロイヤーとはせけんばなししかしないよ。わたしがなんて言おうがデストロイヤーをころすんでしょ?しってるよ。
 途端に少女の目付きが鋭いものになった。地雷を踏んだらしい。
 聞き出せた話はライトから報告を受けた情報と大差ない、寧ろ少し抜け落ちがある。その程度の情報しか得られなかったというより、彼女は本当にその程度の情報しか持っていなかった、が正しい。 
 例えばロストワールドについて、ガルガンチュア・ドラゴンとヴァニティ・骸・デストロイヤーの戦い、準決勝で姿を表したデストロイヤーの最終形態など、それらの情報の所持は確認出来なかった。兄が意図的に遠ざけていたと考えられる、という文章で報告書は締め括られている。
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