「ねえ、これ」
「ライブのチケット……?」
「今度やるからさ、見に来てよ」
 そう言われて渡されたのはCiRCLEというライブハウスで行われるらしいライブのチケットだった。
 Afterglow。美竹さんがボーカルとギターを務めているバンドだ、知らない訳がない。Afterglowの話をする時の美竹さんは本当に楽しそうで、普段はあまり見せない笑顔すらたまに浮かべる程だ。そんな美竹さんの姿を、私は鮮明に思い出すことが出来る。
「名前?」
「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてた」
「それで、来るの?」
 正直な話、怖い。私の知らない美竹さんを知ることが。
 美竹さんにとって私みたいなぽっと出の女なんかより幼馴染みの四人の方が大事なことは分かっているのに、傲慢な私は嫉妬して悔やんで心に醜い感情を溜め込むのだ。

「うん、行くね。楽しみにしてる」

 ライブに行くと答えた時の美竹さんの笑顔は、本当に嬉しそうだった。その表情を見てしまっては本当は行きたくないなどと言える訳が無かった。私はまた幼馴染みの四人と自分の価値を比較して、一人で泣くのである。




 目の下には若干の隈がある。昨晩はあまり眠れなかった。締まりの無い顔で目の下に隈を作りながらとぼとぼライブハウスへの道を歩く私は、見るに堪えない存在なのだろう。
 この気持ちを消化しようとしても出来る訳も無く胸中にドロドロとした感情を渦巻かせながら歩いていて前も見ていなかった私は、ちょっとした段差にも躓いてしまって膝を擦りむいてしまった。少しだけ血が滲む膝を見て「絆創膏持ってないなあ」とぼんやりと思いつつも処置する気もなくただ膝に痛みを抱えたまま歩みを進める。
「名前」
 唐突に名前を呼ばれて、沈んでいた意識が浮上してきた。目の前にはギターケースを背負った美竹さんが立っていた。普段通りのクールな表情だったのが、私の膝を見て一転、驚いた表情に変わる。
「膝、擦りむいてんの?」
「うん」
「絆創膏とか持ってないの?」
「持ってないよ」
「CiRCLE近くの公園に水道とかあるでしょ、洗いに行くよ」
「あ、うん」
 私は何故美竹さんと公園に向かっているのだろうか。もう既にライブハウスに着いていてリハーサルでもしているのかと思っていたから、結構驚いた。
 美竹さんの軽やかな足取りとは反対に、重たい足を引き摺るように歩く。美竹さんの数歩後ろを着いていくことしか出来ない私は、本当に惨めな女だ。

「洗いなよ」
「うん」
 公園に設置してある水道の前で靴と靴下を脱ぎ、蛇口を捻る。傷口に付いた砂を流そうと軽く撫でていると、水が直に染みて痛みが少し強くなった気がした。じんわりと滲む血をハンカチで拭おうとすると、腕を軽く掴まれ止められる。
「血ついたら落ちないでしょ、絆創膏張ればいいじゃん」
 美竹さんはそう言うとポケットの中から絆創膏を取り出し、一枚を私に渡してきた。多分、私が膝を洗っている間に用意していたのだろう。
「ありがとう、貰うね」
「うん」
 この時間がずっと続けばいいと、ふと思った。それはなんとも無意味な思考だった。

 この公園から数分もすればライブハウスCiRCLEに着いてしまう。きっとライブハウスではあの四人が待っているのだろう。
 絆創膏はとっくに張って、靴も靴下もちゃんと履いている。それなのに立ち上がろうとしない私を、美竹さんは怪訝な顔をして見ていた。
「膝、そんな痛い?」
「痛くない、です」
「ならどうしたの」
「ごめんね。今すぐCiRCLEに向かおうか」
「……そうだね、行こう」
 美竹さんは、深く詮索しない。そのおかげで居心地がいいのは確かなのだが、私が立ち上がらなかった訳を聞かれたいという傲慢な気持ちもあるのだ。私は俗にいう、構ってちゃんというやつなのだろうか。
 ある一定のラインから進むことの出来ない臆病者を、いつになったらやめられるのか分からない。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -