「あの山に登るんだけど、マキラに付き合って欲しい」
「はい?」
「見せたいものがあるから」
 名前があの手この手でマキラを登山に連れ出し、山を登り始めてからいくらか経った。マキラは以前製作した小型騎空艇に乗りふわふわと浮きながら名前の後ろをついていく。そんなマキラとは対称的に大荷物を抱え徒歩でザクザクと砂利の上を歩く名前。マキラの方を一切振り向くことなく、登山にしてはかなりのペースで砂利や斜面も気にせず登る名前に普段とは違う雰囲気を感じ、話しかけることが躊躇われる。そんな名前の背中を怪訝な表情で見るマキラだが、まあそれだけ“見せたいもの“が素晴らしいのだろうと、前向きに考えることにする。
 鬱蒼と生い茂る木々達の間を時々ナイフで枝や蔓を切り落としつつ通り抜け、やっと青空が見えたというところで山頂に着いたと分かった。
「さ、ついたよ」
「こんな山に登らせて、本当に何する気ですか?」
 登山前は見せたいものがあると言ってマキラを連れ出した名前だが、少なくともこの山頂には名前がマキラを登山に連れ出す程の価値があるものは無いように思う。景色は騎空艇から見える空と大して変わりないし、生えている草や花もファータ・グランデ空域ではポピュラーなものだ。
「んー……ちょっと待っててね」
 そう言ってパンパンに膨らんだリュックサックの蓋を開いたかと思えば、ガサゴソと何かを探しているようだが。マキラがあまり見たことない道具をいくつも取り出しては、あれでもないこれでもないと唸っている。
「……あった!」
「それ、なんですか?」
「内緒!」
 騎士が纏う鎧を簡素にしたような防具を革製のベルトで全身に留めていく。今度はその上にヘルメットやゴーグルを装備して、見た目だけならうちの団員のミュオンのように走艇に乗りそうなものだが、周りに走艇らしきものは見当たらないしそもそもここは山頂だ。山の頂上で、防具を纏って、ヘルメットとゴーグルをしてやることなんて想像もつかない。
「準備は終わりましたか?」
「ごめん! あとこれだけだからもう少し待ってて!」
 そう言うと、名前はベルトと金具のついた細長い板を取り出し足と垂直になるようにくくりつけた。板の装備した心地を確認しているのか、前後に板をパタパタと揺らしてみたり滑らせてみたりしているのを、マキラは不思議そうな目で見つめる。
「なんだか、子供が遊ぶようなそりを細くしたような感じですね」
「これはね、うん。着地の衝撃を和らげられないかなって」
「着地……? まさかここから飛び降りる気ですか?」
「そのまさかだよ! 私が着地失敗しそうなら助けてね!」
 そう言うと何がなんだかと呆れた表情を浮かべるマキラを無視しその左手を取って、エスコートするように切り立った崖の際まで連れてきた。この島はファータ・グランデ空域の中でも高度が高い位置にあるらしく、下には雲とその間に島が見える。
「あそこの島に着地するから、マキラちゃんも一緒に飛んでくれない?」
「名前はバカって言われたりしませんか?」
「んー……まあ言われるけど、流石にバカでもこんな自殺行為はしないと思うよ。私は一応成功させるつもりで来てるし」
「いえ、その、名前はバカですけど頭はいいと知っているので」
「じゃあいいよね、一緒に飛んでくれる?」
「はい。どそ、よしなに」

 名前は無言でこちらに振り向くと、これ以上に幸せなことはないと言いたげな表情を浮かべて、崖から飛び降りた。
 名前が遠ざかっていくのを唖然として見ているうちに、マキラの小さな手をするりと離して、空の底に向かって落ちていった。
「名前……!」
 急いで小型騎空艇を発進させようとするがそうすぐにスピードは出ず、追い付けないか……と思ったら唐突に名前の落ちるスピードが緩まった。名前は驚いた?というようにニヤニヤとした表情をしている。ブンブンと手を振って「こっちこっち〜!」とマキラを呼び寄せる。
 スピードが急に落ちた理由は、背負っていたリュックから出た大きな布が下から吹き上げる風を受け止めているからだった。先ほどまで名前の言っていた言葉達の意味をようやく理解したところで、マキラは質問を投げ掛ける。
「名前はどうしてこんなことを……?」
「やっぱそれ聞くよね……あはは」
「見せたいものっていうのは、これのことですか?」
「うん、そうだよ」
 名前は見せたいものとはちょっと違うかもしれないけどね〜とけらけら笑っていたが、マキラのちゃんと説明をしてくれという目線を受けて徐々に笑いを引っ込め、その真意を話し出す。
「マキラちゃんはこうやって自分が作った騎空艇で空を飛んでるでしょ?」
「はい」
「私はそんなマキラちゃんに憧れててさ……? 簡単に言えば空飛びたかったんだよね〜」
 とうに大人になった自分が幼い子供のように夢を語るというこの状況に頬を赤らめ少し照れたような様子の名前を追求するのは気が引けるが、嘘をついているのを見逃すことは出来ない。
「嘘、ついてますね」
「んー……嘘はついてないよ、ただ本当のことを言ってないだけで」
 そう聞かれたからといって本当のことを言う馬鹿がどこにいるのかというマキラの心の声に反応したように、ここにいるよ!といい年した大人とは思えない笑みを名前は浮かべた。

「マキラちゃんと同じ景色を共有したかったんだ。私も貴方みたく自分の力で空を飛んで、貴方の隣でそれをしたかった」
 まあ、飛ぶというよりゆっくり落ちるだけだけどねと下を向きつつ苦笑する名前を無視し、手持ちぶさたそうな右手を掴み束の間の空中散歩を楽しむマキラだった。




タイトルはウィンストン・チャーチルの言葉から。
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