「ねえ見て、プロデューサーさん」
「どうしたの、育」
 そう言って育が顔をこちらに寄せて「ここだよ」と指し示すように頬をつついた。
 そこには赤いストックが咲いていた。それはタトゥーのように育の頬に染みついているのだから、咲くという表現が正しいのかは分からないが。
「それはシールか何か?」
「ううん。朝起きて鏡見たらね、ほっぺに赤いお花が咲いてたの」
「それはとっても不思議だね」
「うん……おかあさんもね、よく分からないんだって。今日はレッスンだけでしょ?それが終わったら、病院にいくの」
 この花は多分ストックだ。赤いストック。花言葉はなんだったか、特に花に詳しいわけでもない私では思い出せそうにない。
 そこに花があるという感覚は無くても育はその部分が気になってしまうらしく、擦ったりつついたり引っ張ってみたりしている。
「他には花があった?」
「わきばらとか、おなかの下の方にあったよ」
「育に何かあったら心配だから、その部分も一応確認させて?」
「うん、いいよ」
 頬だけじゃなく、脇腹と下腹部にも赤いストックはあった。花をなぞるように肌に触れてみると育はくすぐったいようで体をよじる。
「花が咲いてること以外は体調に問題は無さそうだね」
「別にかゆかったりいたかったりはしないけど……なんかむずむずする」
「傷になったりしたら大変だから、引っ掻いたりしないように気を付けてね」
「うん……」
 それにしても、育が花嫁症にかかるなんて。愛されると、体のある部分にタトゥーのように花が咲く病気。それ以外に症状は無いし、痛みや痒みなどが発生する訳では無いから普通なら今すぐ治そうとはしなくてもよいのだが、育はアイドルだ。腹周りの花を隠そうとしてもアイドル故ある程度露出度のある衣装も着るし、頬に赤いストックなんて目立つことこの上ない。
「さっきの絆創膏はそれを隠す為だったんだね」
「おかあさんが目立つから張っていきなさいって」
 
「プロデューサーさん、この病気ってなおるの?わたし、ずっとこのままなの……?」
「ごめんね、育。私はお医者さんじゃないから、それは分からないんだ」
「そう、だよね……プロデューサーさんでも、分からないことはあるよね……」
 初めて育に嘘をついた。私はこの病気の名前も症状も治し方も知っている。治し方は単純だ、愛されなければいい。その単純な治し方を実行出来ないのが、アイドルという存在なのだが。アイドルである以上、人類愛を歌って、人を慈しんで、夢を与え続けなければならないのだ。
 嗚呼、可哀想な育。原因不明の病に侵されてしまった育。独善的な愛を押し付けられてしまった育。
「このお花、すっごく目立つよね。みんな、怖がるかな」
「少なくとも私は怖がらないよ。ファンのみんながどうかは分からないけど……」
「みんな、わたしのこと怖がって、応援するのやめちゃうかも……そうなったら、アイドル続けられなくなっちゃうの?」
 そう言って俯く育。目は少し潤んでいる。普段は子供扱いしないでと強気な発言をする育が、大人にも遠慮しないあの育が泣きそうになっている。ハンカチがしわくちゃになる程握りしめて、涙が零れるのを耐えている育。
 一ヶ月前に小さなライブハウスだがワンマンライブを成功させて、雑誌やドラマなど少しずつ活躍の幅を広げていって、やっと活動が軌道に乗り出したと思ったその矢先だ。
「大丈夫だよ、育」
「プロデューサーさん?」
  震える小さな肩を抱き締めて、念じて言い聞かせるように「私を信じて」と言った。



タイトルはアメリカの女性小説家パール・S・バックの言葉から
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