▼ Gerbera / ガーベラ : 親しみやすい 1/2
きっとこの日がなければ、私が彼に抱いた感情が芽生えることもなければ、余計な関係になることもなかっただろうと思う。
それでもきっと形を変えて私は、彼に恋に落ちていたんじゃないかとも思うし、もう少しマシな未来があったんじゃないかとも思った。
もう戻ることのできない時間を何度悔いては泣いただろうか。
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あれから数日が経ったある日。買い出しに行った鈴さんに任され、また一人で店番をしている時のことだった。
「相変わらず、暇そうだな」
背後から突然声がして、私は驚いて振り向いた。開け放たれた扉にもたれかかる様にして、銀時が意地悪く笑った。
「万事屋さん」
「随分色気のねェ呼び方だなァ」
あれから特に万事屋に足を運ぶ用がなかった私は、彼と会うのは実質三回目。特に名前を呼ぶタイミングもなかったので、何だか今更気恥ずかしい。そんな私をよそに、気にも留めない様な雰囲気では銀時は私の顔を覗き込んだ。
「今日、何時まで?」
「私ですか?…あと一時間くらいで上がりです。お客さんが入らなければ」
「んじゃ、飲みに行かねー?」
突然のお誘いに、私はポカンと口を開いてしまった。わざわざそんなことを言うために、彼はここへ来たというのか。やはり、彼は変な人だ。
「私でよければ」
「んじゃ、決まりな。17時に迎えくるから、すぐ出れるよーにしとけよ」
そう言って手を上げて、だらしなく歩く足元は、どこか嬉しそうに見える。銀時からそんな誘いがくるなんて思いもしなかった私は、残業をしない様にと、残った仕事を駆け足で終わらせた。
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「お待たせしました」
「おー、んじゃ、行くか」
春はまだ先。17時を過ぎればもう辺りは薄暗い。街灯に照らされた道を、前を歩く銀時の後ろに付いて歩く。
「いや、あのさ」
「はい?」
「後ろについて回られっと気持ちわりーから、横歩いてくんねェ?」
ちょいちょいを自身の横を指差す銀時。私は言われるがままにその横についた。満足そうに笑う銀時の横顔を盗み見して、私も僅かに頬を緩めた。
「ほいほい男についていってよー、母ちゃん泣いてんぞ」
「万事屋さんなら大丈夫と、天国の母は言ってます」
そんな何気ない私の言葉に、銀時は「…わりぃ」と一言呟いた。別に何も悪いことなんてない。数年前に私の母は病死した。父も随分昔に他界した。元々体が弱かった母だ、いつその日が来たって何もおかしくなかった。心の準備はいつでもできていた。その母が亡くなったところで、私の心に穴が開くことはなかった。
「万事屋さん、お母様は?」
「天国か地獄か、どっちかに住んでらァ」
「それなら、私と同じですね」
そう言って小さく笑う私に、銀時も安心した様に笑った。
気が付けば繁華街に出ていた。「ここでいいか?」と指差した先は、大衆居酒屋と呼ばれる、賑やかな飲み屋だった。私が頷くと、暖簾をくぐり、顎をしゃくって店内へ入るよう促した。
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