▼ Tritoma /トリトマ : 貴方を思うと胸が痛む 1/2
きっと、この気持ちを伝えたら、彼は離れてしまうだろう。
そんなわかりきった答えがあるというのに、なぜ日に日に気持ちは増していってしまうんだろう。
それでもこの関係が壊れてしまうくらいなら、この気持ちに蓋をしていた方がいい。
貴方を失ってしまうくらいなら。
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珍しく、残業をしてしまった。
自宅に着いたのは21時を回った頃で、部屋に着くなりどっと眠気に襲われた。
後頭部に差された簪を外し、洗面台へと向かう。湯にでも浸かって、気持ちを紛らわせよう。
…なんて思っていたのに。気が付くと、浸かっていたはずの湯船はとっくに冷え切って、身体を芯まで冷やす勢いだ。浸かりながら考え事をしていたら寝てしまっていたようだった。
すっかり冷めた身体を熱いシャワーで流し、早々に風呂場を出る。気が付けば、もう日が変わろうとしている時間。肌着を纏い、タオルで髪の水分を叩くと、耳に聞き慣れた音が飛び込んでくる。
徐々に大きくなっていく、そのスクーターのエンジン音は、長屋の前で止まった。
…お風呂上がりなのに、どうしよう。なんて思ったのも束の間、ドンドンと玄関の戸をノックする音が室内に響く。
まだ十分に水分を拭いきっていない身体で玄関へと駆け寄った。小さく「はい」と声をかけると、「俺」と低く甘い声が一言帰ってきた。
思わず漏れる微笑みを隠して扉を開けると、待ち焦がれたその姿が私を見下ろす。
私を捉えた銀時は、ふわりと微笑むもんだから、つられて頬が緩んだ。室内へ促すと、またお酒を飲んでいるのだろう。おぼつかない足取りで彼は部屋へと足を踏み入れた。
「…甘い匂いがする」
「甘い匂いですか?」
「なんつーか、パフェみてーな。甘ったるい」
そんな芳香剤を置いてはいないはず。少し考えたところで、思い当たる自分の腕を銀時の鼻に差し出した。
「この香りですか?新しいストロベリーバニラの香りの石鹸…」
私が言葉を言い終えるより先に、銀時は私の腕にパクリと噛み付いた。突然の行動に、思わず私の顔は熱くなった。
「うまそーだな、…何もかも」
そう言って私を勢いよく押し倒す。組み敷かれた私は突然のことに思わず眉を顰める。そんな私の耳にかぶりついて、耳朶を弄ぶ。思いがけず吐息が漏れる私に、フッと呆れたように笑う声が聞こえてきた。
「本当、耳好きだよな」
「や、ぁ、」
息を吹きかけられると、私の身体は小さく震える。またそれに嬉しそうに笑った銀時の口元は、優しく私の唇を包み込む。舌を入れられて、それに応えるように銀時の舌に自身の舌を絡ませると、舌先に歯を立てられた。思わず小さく声を上げると、唇を離して私を見下ろす銀時は、妖艶な笑みを浮かべる。
「あー、どこもかしこも、うまそーな匂いがする」
「…甘いの、好きなんですか?」
「まァな」
ペロリと首筋を舐めとり、私の顔を見下ろす。とろんとアルコールにあてられたその瞳に捉えられて、息ができなくなりそうだ。
「好きだ」
突然の言葉に、私の心臓が大きく跳ね上がる。
…わかっている。先ほどの会話の続きだということくらい。それなのに、この心の熱は、この身体の熱は、一向に冷めてくれる気配がない。
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