▼ Lilac / ライラック : 大切な友達 1/2
私は優柔不断な方だと思う。
もう二十代後半に差し掛かる年にもなれば、ある程度の男性経験だって人並みにあるわけで。
今までの恋愛を思い返してみても、私は基本的に自分の意思で何かをしたことがなかった。
言い寄られるがままに付き合って、させれるがままに抱かれて、そして彼らは引き止めることなく離れていった。
『万事屋さん、私を抱いてください』
そんな私の口からいくらアルコールの力が手伝ったとしたって、あんな言葉が出るなんて思いもしなかった。
それなのに、正気に戻った今ですら、私には触れる指を、私に向ける笑みを、思い出すだけで身体が火照る。
こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。
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「なまえ?どうしたんだい、ぼんやりして」
「…鈴さん、ごめんなさい。何でもないわ」
慌てて首を振る私に、鈴さんは「変な子だねぇ」と優しく笑った。珍しく常連様が立て続けに来てくれたおかげで、私の職務の時間はあっという間に終わりを迎えた。
「なまえ、もう上がっていいわよ」
「本当ですか?ありがとう、鈴さん」
「お疲れさんね」
頭を下げて、裏の更衣室へ向かう。ふとロッカーを開けると、珍しく携帯が点滅していることに気づいて、メッセージを開いた。見慣れたその送信主の名前をみて、私は急いで帰り支度をした。
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「遅ェぞ」
「お巡りさんがこんなところで、油売ってていいのかしら?」
指定された定食屋に着くなり、おおよそ似つかわしくない隊服姿でこちらを睨む男、真選組副長の土方十四郎、その人だ。私の唯一、と言っていい友人とは彼のことだった。私は十四郎の隣に座り、出されたお茶を一口すすった。
「どうしたの、いきなり。十四郎から連絡してくるなんて珍しいじゃない」
「一人で飯食うのも何だから、手頃な暇つぶしがいねェかと思ったところに、お前の顔が浮かんでな」
ひどい、と笑うとつられたように、十四郎も笑って見せた。泣く子も黙る鬼の副長、なんて巷じゃ言われてるけど、私に言わせれば、ただのストイックな変態…なんて言ったら怒られてしまいそうなので、ここまでにしておく。
何を考えているかわからないような、切れ長の冷めた瞳すら、私は居心地の良さを感じてしまう。彼は心を許せる唯一の存在なのだ。
「最近どうなんだ、変わりはあったか」
「ううん、何も。何か十四郎って田舎のお父さんみたい」
「せめてお兄さんじゃダメだったのかよ。いくつも変わんねェ小娘に、親父呼ばわりされるとはな」
ケッと眉を顰めた十四郎に、私はクスクスと笑った。メニューを渡されて、適当にお茶漬けを頼む。十四郎は言わずもがな、いつものアレを頼んでいるのだろう。アレを見ながら食事をとるのは、些か勇気がいる。何度となく見てきているのに。
「総悟がお前に会いたがってたぞ」
「総悟くんが?嬉しいわね、たまには鬼の副長じゃなくて、若い美少年と食事したいものね」
「…悪かったな、若くも美少年でもなくて」
意地悪く笑ってみせると、十四郎はいよいよへそを曲げてしまいそうなので「冗談よ」と付け足す。
おばさんが食事を運んできたところで、私たちの会話は途切れた。
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