Dolce | ナノ


▼ 「大丈夫」

※本誌ネタバレ注意



「新八くん、今日は仕事終わったらそのまま帰る?」


ハタキを片手に玄関先で靴を履く新八に振り返り声をかけた。私の言葉にこちらに顔を向け「はい」と大人びた笑顔を見せた新八に私も同じように笑みを向けた。


「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


ピシャリと玄関の戸を閉めて出ていく新八を見送れば、額の汗を手の甲で拭って出窓にハタキを当てた。

江戸を襲ったあの歴史的な戦争が終わってから、早くも2年が経った。まだあちこちにその戦争が爪痕が残っているが、もう昔と変わらない活気溢れた町に戻ったのは、この町の強さか。大切なもののためか。どちらとも言える。

この2年で変わったことは本当に本当にたくさんあった。真選組の解散、喜々公が亡くなり徳川家が実質退いて、あの桂さんが国を束ねていたり。私も当時勤めていた仕事を辞めて万事屋の手伝いをしている。…新八くんと二人で。


「よし、もうここは大丈夫かな」


次に床掃除をしなければと踵を返すと、思い切り机の角に小指をぶつけてしまった。思わずその場にうずくまり、ぶつけた小指をぎゅっと握った。


「痛ーいっっ!……でも、大丈夫。これくらい…」


なんて独り言が宙を舞った。ぎゅっと握った小指はぶつけたからか、真っ赤に染まっている。不意に目線が机に向いた。社長用のデスク、だなんて言っていたっけ。あちこちツギハギになったボロボロな万事屋の室内。けれども当時よりもずいぶん綺麗に整頓された机を見て、無意識にふっと息が漏れた。

あの戦争のあと。万事屋は、解散した。

神楽は定春を元に戻すために、他の星に。
銀時はやることができた、とその一言だけを残してここから去って行った。私を残して、銀時はどこかへ行ってしまった。

連れてってほしいなんて言えなかった。やり残したことがあるなんて、いつもは見せない神妙な顔で私を見つめる瞳が真っ直ぐだったから。きっと私は邪魔になるだろうと思ったから。そんないつになく真剣な銀時を咎めることもできなかった。…だけど泣いて縋ってでもいたら、少しは違ったのだろうか。今でもあの時の判断は間違っていたのではと、胸が痛くなる。


「…二年って」


またぽそりと口から溢れた独り言。銀時がいない。神楽も定春もいない。真選組のみんなだって。もう、私が大好きだったあの頃には戻れない。


「けど、大丈夫。新八くんもいるし。妙ちゃんやお登勢さんたちだって」


先ほどからぽろぽろと言葉が溢れ出す。心と反比例するような言葉たちが。


「……大丈夫だもん」


ぽろ、と頬が何かを伝った。あれ、おかしいな。そんなつもりじゃなかったのに。やだ。なんで。そんな言葉が掠れて溢れ出した。それと同時にぽろぽろ、ぽろぽろと両目から雫が溢れ出す。…ダメなのに。泣いたりなんかしたら、ダメなのに。みんなやるべきことがあって江戸を離れただけで、なにも悲しむことなんてないのに。ここにはまだ残ってる人だっているのに。


「……ぎん、とき……」


私はいつまで強がりを続けていればいいのだろう。一人涙を流す夜を幾度迎えれば、大好きな笑顔に会えるのだろう。私の名前を呼ぶ声も、優しく抱きしめてくれる大きな腕も、温かい体温も、柔らかい癖っ毛も。どれか一つだけでいいから、あなたを感じたい。私はうずくまったまま声を上げて涙を流した。

銀時、銀時。上擦った声で何度も愛しい人の名前を呼んだ。今すぐに会いたい。会いに行きたい。どこにいるかも、ましてや生きているのかもわからない。それでも私はずっと、銀時に会いたい。何も大丈夫なんかじゃないよ。この2年、暗示のように何度も何度も発してきた「大丈夫」は全部嘘っぱちだよ。私は銀時がいなきゃ、みんながいなきゃ、何も大丈夫なんかじゃないよ。もう強がりなんて言えないよ。


「…やっぱり、泣いてるような気がしましたよ」


突然背後から聞こえてきた声に大きく肩を揺らして振り返れば、出て行ったはずの新八の姿があった。少し困ったように私を見下ろす新八は、私の目線まで腰を下げてハンカチを差し出した。


「…し、ぱちくん…なんで…」

「なまえさん僕の前だといつも気丈に振る舞ってるから、一人の時は泣いてるんじゃないかって思って」

「ご、ごめんね…大丈夫だから…!ちょっと色々思い出しちゃって」


そう私は慌てて涙を拭いて笑いかければ、新八は少し瞳を伏せてまた眉を下げて笑った。


「泣きたい時は泣いたっていいじゃないですか。2年も放っておかれてたら、涙や愚痴の一つや二つあってもおかしくないですよ」


ね。ともう一度ハンカチを手渡す新八の言葉に、無理やり止めたはずの涙が堰を切ったように溢れ出す。本当は新八くんだって寂しくて泣きたいはずなのに。すっかり大人になっちゃって。私の立つ瀬がないよ。そんなことを思いながら嗚咽を漏らして涙を流した。


「姉上も言ってました。なまえさんきっと一人で溜め込んでるから、もっとうちに連れてきなさいって。みんなでいる時間が増えれば、少しは気が紛れるんじゃないかって。何も、我慢なんてする必要はないですよ。きっと銀さんは生きてる。なまえさんのこと、きっと毎日考えてますよ」


みんなの優しさに溢れる涙が止まらない。大人気なく声を上げて泣く私に、新八らにっと歯を見せて笑顔を向けた。


「銀さんはなまえさんが思ってるよりずっと、なまえさんのことを想ってましたから」


だから、大丈夫。
そう付け足した新八の「大丈夫」は、私が繰り返してきた「大丈夫」とは全く違う言葉に聞こえて、少しだけ心が救われた気がした。




「大丈夫」
(まず帰ってきたら溜まった家賃払ってもらいましょうね)
(あとこの部屋の維持費も。ケツの毛まで毟り取ってやる)
(……)



-end-


------

そら様。
この度はリクエストありがとうございます。
ちょうど似たような短編を書こうと思っておりましたので、リクエストを参考に執筆させていただきました。続編という形ではありませんが、お気に召してくださると嬉しいです。

リクエスト頂きありがとうございました(^_^)


6/27 reina.



prev / next

[ back to main ]
[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -