▼ 優しさ120% / 坂田銀時
不意に意識を取り戻した私は、少しだけ遠くで聞こえる水道の音と鼻をかすめる生姜の香りに二、三度瞬きをした。少しだけ上体を起こせば、汗ばんだ額には温くなった濡れタオルがぽとりと掛け布団の上に落ちた。身体が熱く、頭がぼんやりとする。…あぁ、そうか。私熱があるんだっけ。そんなことを考えながらふらふらとした身体で起き上がり、居間に続く戸を引いた。
「…銀ちゃん」
「あー?何、目ェ覚めちまったの?もー少しかかるからまだ寝てろよ」
台所に立つ銀時の元にゆらゆらと歩み寄れば、私に気付いた銀時は優しく私の頭に手を乗せて、心配そうな顔を向けた。そういえば、調子が悪いって連絡したんだっけ。合鍵を使って世話をしてくれていたようで、私は銀時の優しさにゆるりと眉を下げた。
「ううん、少しよくなった気がするから大丈夫」
「そう?んじゃすぐ出してやるから待ってな」
「……うん」
そう呟いたものの、私はぽすんと銀時の胸元に頭を寄せた。熱があるからかな。人恋しくて、優しく甘やかせてくれる銀時が無性に愛おしくなったのだ。きゅっと弱い力で銀時の腰元に抱きつけば、銀時は少しだけ驚いたような声を上げてすぐに優しい声色を私に向ける。
「んーだよ、珍しいじゃん。銀さんが恋しくなっちゃったの?」
「……うん」
「…ったく。いつもそんだけ素直なら可愛いのによ。もうできるからいい子にしてな」
そう私を優しく引き剥がすと、これまた優しく私の唇にキスを落とした。へらっと笑って私を抱き上げれば、静かにちゃぶ台の前の座布団の上に降ろしてくれた。ちゃぶ台に両肘をついてぼんやりと台所に立つ銀時を見つめた。ネギをトントントンと手際よく輪切りにしているようで、匂いを考えるとこれはお粥かな。熱を出した時には決まって生姜とネギがたっぷり入ったタマゴ粥を作ってくれる。いてっと手を引く銀時に思わず「大丈夫?」と声をかければ振り返って何でもないという風に眉を上げて笑う銀時に、つられて私も頬が緩んだ。
「銀さん特製タマゴ粥できたぞー」
「わーい」
タマゴ粥と湯飲みに入ったお水、そして風邪薬を乗せたお盆を手に銀時が隣に座り込んだ。さりげなく私の膝元に膝掛けをかけてくれて、穏やかな気持ちになった。こんな時だからか至れり尽くせりの優しさがいつも以上に心に沁み渡る。取り皿にタマゴ粥をよそって私に手渡す銀時は、また少し心配そうな表情を向けた。
「まだぼーっとしてるな。食えなかったら無理に食わなくていいからな」
「ううん、違う。…銀ちゃんのこと、本当に好きだなぁって思ってたの」
「へ」
「いつも憎まれ口ばっかり叩くけど、本当は優しい銀ちゃんが大好き。…ありがとね」
私はよそってもらったタマゴ粥にふうふうと息をかけ、口に運んだ。温かくて、優しい味が口いっぱいに広がって思わず目を細めた。そういえば何の反応もない銀時に視線を寄越せば、なぜか鳩が豆鉄砲を食ったような表情で私を見つめていて、思わず首をかしげる。そうかと思えばかーっと顔を真っ赤にして、少しだけ困ったように俯いてボリボリと後頭部を掻きむしった。
「あのよー…なまえ。なんつーかさぁ、そういうことはこういうときじゃなくってさぁ…」
「なによ」
「あーもう!お前さぁ、本当になんなの?…あーチクショー」
「だからなによ」
煮え切らない態度の銀時に訝しげな表情を向ければ、銀時はバツが悪そうにまた後頭部を掻きむしった。もう一度首を傾げれば、徐に銀時の手のひらが私の両頬を包んだ。
「風邪治ったら覚えとけっつってんだよ、コノヤロー」
そんな乱暴な言葉とは対照的に、銀時は随分と優しく私の唇を奪った。こんな時ばかりどこまでも優しい銀時に私は思わず笑ってしまった。
優しさ120%
「なに笑ってんだよ、今でもいんだよ銀さんは」
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