Dolce | ナノ


▼ ストロベリーバニラ / 坂田銀時 美容師パロ / さとま様request



とあるビルの一角にある、一軒の美容室。洋風の木製の少し重たい扉を押して中に入れば、鼻をつくカラー剤やパーマ剤の匂いに混ざって僅かに届くのは、イチゴアイスのような甘酸っぱい香り。


「お、いらっしゃいませ…って、なまえちゃん。なにその頭」


奥からひょこっと顔を出して私を見るなり引き気味の笑顔を向けるこの美容室の店長さんの名は坂田銀時、通称銀さんだ。自分こそ普段からくるくるの寝癖のような髪型でいるくせに、私のボサボサ頭を見てドン引きするとはどういう了見なのか。


「…銀さん…今日はカットしてもらいに来たの…」

「うぉ!何そのテンション!やりづれェ!!ほら、こっち座って」


言われるがままトボトボと銀さんが促す席に腰を下ろせば、目の前には大きな鏡。そしてそこに映るのは本当にボサボサの頭でげっそりと血の気のない表情の自身の顔。何とか化粧を施したものの、その化粧ノリの悪さたるや、言葉に言い表せそうにない。そんな私を銀さんは可笑しそうに笑いながら鏡ごしで首を傾げた。


「何かあったの。いつもバッチリメイクでくるってのに、今日は随分とひでェ顔してるよ、なまえちゃん」

「…バッサリ切っちゃってください」


顎の下辺りをジェスチャーしながら鏡ごしに銀さんに注文をした。今は胸下まであるこの髪の毛、私が指示するように切ってしまえば優に30センチは切ることになる。銀さんはそんな私の注文を受け少しだけ考えるそぶりをして、また鏡ごしの私に視線を寄越した。


「…ふーん。なまえちゃん、失恋したんだ?」

「……」

「図星だろ?」

「銀さんって、デリカシーないんですね」


またも鏡ごしで銀さんにジト目を向ける私に、銀さんはなぜか嬉しそうに大笑いしている。確かに図星だ。先日まで仲良く付き合っていたはずの彼氏の浮気が発覚し、破局したのはまだ二日ほど前の話。何にも面白いことはないし、そもそも銀さん。失恋したってわかってるなら慰めてくれるのがいい男ってもんだよ、全く。


「今時失恋で散髪なんて、なかなか渋いとこあんだな」

「もー結構落ち込んでるんだから、意地悪言わないでくださいー」

「にしても、本当に切っちまっていーの?ずっと伸ばしてたじゃん」

「いーんです。伸ばしてたのだって、カレ…元彼が長いのが好きだって言ってたからであって、別に…」


あ、やばい。また思い出し泣きしそう。思わず視線を下げた私を察したように、銀さんはぽんと私の頭の上に大きな手のひらを乗せて、鏡ごしでニッと笑って見せた。


「んーじゃ、今日は俺からサービスで、トリートメントしてやるかな」

「…いいんですか?」

「いーのいーの、あまりにもひでー顔してるから、髪の毛くらいは綺麗にしといた方がいーだろ」

「………」


これ以上銀さんに慰めや優しさを求めても無駄そうだ。シャンプー台に促され、顔にタオルをかけたり、ブランケットをかけられたり、あれやこれやと始まったトリートメント。すぐに鼻をついた甘い匂いに、私は目を瞑りながら思わず声をかけた。


「…これ、何の匂いですか?美味しそうな匂いがする」

「わかっちゃった?これね、新作のトリートメントなんだよね。ストロベリーバニラ、いい匂いだろ」


言われてみればさっき店内に入った瞬間、甘い匂いがしたような気がしたけど、気のせいじゃなかったんだ。本物みたいに甘酸っぱくて甘ったるい香りを鼻いっぱいに吸い込みながら、銀さんが施す散髪を黙って受け入れる私の心は、それでも晴れることはない。結構真剣にお付き合いしてると思ってた彼氏だったのに、まさか浮気されるなんて少しも思わなかった。誠実で真面目な人だと思ってたのに、私って見る目ないのかも。


「はい一丁上がり、んじゃ乾かして切っちまうか」


シャンプー台から降りて先ほどのソファに腰をかければ、すぐにドライヤーをつける銀さんはどこか楽しそうな表情で私の髪を乾かしている。…銀さんて彼女いるのかな?何と無くだけど、いなさそう。いや、変な意味じゃなくって、遊んでそうなイメージというか何というか…。とにかく大人の余裕たっぷりだけど掴み所もない何とも不思議な人。


「よしっと。…もうハサミ入れるけど、んとに切っちまっていーの?」

「……」

「なまえちゃん?」

「…うん、切っちゃってください」


鏡ごしでそうはっきりと言い放てば、銀さんは少しだけ困ったように笑って、わかったよと私の長い髪を手に取った。なんとなくその瞬間を見ることができなくて、私は静かに目を瞑った。シャッシャッと音を立てて髪の毛がハラハラと床に落ちていくのを感じながら、私は少しだけ後悔していた。本当に頑張って伸ばしてたんだもん。元彼が喜んでくれたから。長い髪が綺麗だって、そういってくれたから。だけど、そういってくれる人はもういない。それなら、こんな髪もう…。そんなことを思っているうちに「こんな感じでどー?」なんて銀さんの声が聞こえて、私はぱちりと目を開けた。


「……えっ」


そこに映し出されていたのはショートカットになった私の姿…ではなく、なんとなく毛先が軽くなっただけの髪型の私。来た時よりはもちろん綺麗にまとまってサラサラになっているけれど、長さはほとんど変わっていない。私は鏡ごしで得意げに笑う銀さんに首を傾げた。


「……銀さん、あの…」

「失恋ごときでこーんな綺麗な髪型バッサリいくわけにゃいかねーって。考え直した方がいい、なまえちゃんは絶対ェ長い方が可愛いから」

「…でも、もう伸ばしてる意味がなくなっちゃったから…」

「そーだ、なまえちゃん。さっきのトリートメント、いい匂いだったろ?」


突然話を変える銀さんに何事かと不安げな表情を向けてしまった私に、銀さんはまた笑ってシャンプー台へ向かい、すぐにトリートメントらしきものを手に戻って来た。そしてそのトリートメントのボトルを私に手渡した。


「そのトリートメント、テーマっつーかサブタイトルっつーか、そういうのがあるんだよ。例えばレモンオレンジだったら「陽だまりの笑顔」、ピーチアップルは「幸せの訪れ」。んで、ストロベリーバニラには…なんて書いてある?」

「…えっと…」


イチゴとバニラアイスのイラストが描かれたすぐ下に書かれていた文字を読み上げようとして、私は思わず口を噤んでしまった。そしてすぐに顔が熱くなるのを感じて、そのトリートメントを見つめたまま顔を上げることが出来ない。


「俺も実は髪が長い子、好きなんだよねェ。…どう?なまえちゃんは天パとか銀髪とか好きじゃない?」


楽しそうに耳元でそう囁く銀さんに思わず顔を上げれば、鏡ごしでなく目の前に銀さんの優しくて暖かい笑顔が広がって。先ほどまであんなに荒んでいた心が、一気にまた満たされたような、そんな気持ちになった。


「…わかんない、…でも、これから…好きになっちゃう、かも…」


きっと真っ赤に染まっているだろう私の顔を覗き込んだまま、銀さんはニッと嬉しそうに笑って私の頭にぽすんと大きな手のひらを乗せた。僅かに鼻に届いたストロベリーバニラの香りが胸を熱くして、じんわりと瞳に涙が浮かぶ。甘酸っぱくて、甘ったるくて、とても優しいその香りをいつまでも感じていたいと、思ってしまった。



ストロベリーバニラ
“新しい恋の始まり”



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さとま様!!大変お待たせして申し訳ございません(>_<)!!!!やっとUPすることができました(>_<)!
執筆自体はすぐに開始したのですが、うまくオチに結びつけることができずに、こんなにも時間がかかってしまいました(>_<)本当にすみません。

現パロ、初めて描きましたが楽しかったです!作中にもありますが、あんな天然パーマで美容師なんて面白いですよね(笑)絶対初見じゃ笑っちゃう自信があります。

美容師パロのお話を読んだことがなく苦戦してしまいましたが、気に入ってくださると嬉しいです!
これからもよろしくお願いします。今回はありがとうございました(^-^)

6/25 reina.




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