Dolce | ナノ


▼ ポメラニアンの憂鬱



下のババアの店に、新入りが入ったらしい。

あくまで、「らしい」だけどな。
いつもそんな出来事がありゃ直ぐさまおちょくりにいく俺も、珍しく仕事が立て込んじまって、結局その話を聞いてから3週間が経った。新八と神楽は一足先にお目にかかってるそうだが、何だか二人の態度が煮えきらねェ。


「とっても美人な方なんですよ!」

「確かにアレはいい女アル!」


いい女ァ?あんな妖怪屋敷にいい女がいるなんて、あるわけねェ。なんて怪しんで見せたけど、どうやら二人の反応を見ると、嘘ってわけでもないらしい。…あ、ちょっと気になってきた。でも何故か知らねェけど、顔を見合わせ示し合わせる新八と神楽。


「いい女だけど…なんだよ?何か裏がありそうじゃないの」

「別に裏があるわけじゃないんですけど、…ねぇ神楽ちゃん?」

「会えばわかるネ」


ふぅーん、ま、別にいいけど。
いつも通りゴロゴロテレビを見たり、ジャンプを見たり、豆パンかじったり。だが、顔を出した芽は成長する他ない。美人、いい女なんて言葉が栄養剤になって、その芽はどんどん伸びていく。


「……チッ」

「ババアんとこ行くアルか?」

「銀さんたら、本当にわかりやすいんだから」


やいやい煩いクソガキどもを引き連れ、ババアの店の戸を勢いよく引いた。「おい、ババア…」なんて言いかけたセリフが、思わず宙に消えた。目に入った光景を俺は今後一生涯、忘れることはないだろう。

透けるような白さの肌。着物の袖から伸びる細い腕。一つに括られた栗色の髪。すっと伸びた鼻筋に、紅が引かれた小さな唇。そして、俺たちを捉えた大きく茶色い瞳。
そんな情報が一瞬にして脳内を埋め尽くす。
…ババア、新しい妖怪が入ったんだって?
そう言いかけた俺は、金縛りにあったようにその場から動けない。


「ああん?なんだい銀時、こんな時間に」


ババアの訝しげな声色に、我に返った俺は、あ、その、なんて口の中で言葉を選ぶ。店内を見渡すが、たまやネコ耳の妖怪はいないようだった。カウンターを拭いていた彼女が手を止め、ババアの方へ視線を変える。


「…なんです?このボサボサ頭の浮浪者は。お登勢さんのお知り合いで?」


凛と澄んだ声が耳に届く。想像していたより少し高い。
…こりゃ、確かにいい女だ。


「ってオイィィィィ!!!この天然パーマ捕まえて、ボサボサ頭?浮浪者!?どっからどー見たってフワフワ頭のポメラニアンだろォが!!!つーかてめぇが誰だよ!主人公捕まえて、何失礼なこと言っちゃってんのこの子ォォォ?!!」


前言撤回。何この不躾な女。ビックリしたわ。
その女は眉を顰め、チラリとこちらを一瞥するが、すぐにババアに視線を戻した。


「新入りのなまえだよ。なまえ、こいつは上で万事屋やってる銀時、前に話したろう?」


ババアが丁寧に紹介をしてくれてんのにそのなまえって女はもうこちらに視線を戻してはくれない。


「オイオイ、バーさん。こんな礼儀のなってねェ女入れちまって大丈夫なのかァ?ちょーっと可愛いからってお高く止まっちまってよォ?」

「…お登勢さん、バルサン焚きましょうか。何だか暖かくなってきたからか、虫が増えてきましたね。」

「オイィィ!!!なに、えっ、俺ゴキブリに見える?お前の目には俺が害虫に見えんのか!?新八!神楽!どっこがいい女だ、小悪魔どころか、閻魔大魔王じゃねェか!!」


こりゃ騙された。新八と神楽をキッと睨みつけると、苦笑いをする新八に、鼻をほじくる神楽。神楽は徐ろに、よォ、なまえ!なんて声をかけながらズカズカ店内へ入っていく。オイオイやめとけ神楽ちゃ…


「あら、神楽ちゃん、こんにちは。最近はちゃんとご飯食べてる?」

「また豆パン三昧ネ。またなまえの作った飯食べたいアル」


ん?んんんん?あれっ、何かいま幻聴が聞こえたような。銀さん、疲れてるのかな?最近仕事頑張ってたから、疲れてるのかなァァ?


「なまえさん、こんにちは。この前はご馳走様でした。本当美味しかったです!是非また、お願いします!」

「新八くんまで。そんなこと言われちゃうと、嬉しいなぁ。また頑張って作るから、いつでも食べに来てね」


蕾が綻ぶように、凍てついていた氷を溶かすように、パァっと雰囲気が一気に和む。春の訪れのように暖かくに笑う女。…あー、なんだ、本当、いい女だ。


「ってオイィィィィ!!!!何なのこの子?!何で俺だけ態度違うの?反抗期の娘なの?俺、お前の親父?こんな子に育てた覚えはありませんんん!ってこんなでけェ娘いねェよ!なに、本当なんなの?!」


ビシィっと指をさし全力で突っ込むが、当の本人はどこ吹く風。神楽にニコニコ微笑んでいる。


「なまえさん、男嫌いだそうですよ」


コソッと新八が耳打ちをする。あ?男嫌い?にしちゃぁ新八、てめェには随分普通に接してるじゃないの。


「いや、それが僕は男として見られてないみたいで。…いいんだか悪いんだか」

「いやいや、新八くん?いつから読心術が使えるようになったのかな?他で悪用するのはやめてね?……つーか、男嫌いで、スナックなんてできねェだろ」

「これだけの別嬪さんだよ、愛想振りまかなくたって隣に座ってりゃ客はヘラヘラデレデレしてるさぁ。」


フゥーとババアは煙を吐いて、呆れたように笑う。まぁ、確かにわかんなくもねェけど。また視線をなまえに移すが、我関せずと言わんばかりにカウンターの拭き掃除を再開させる。こんだけ見てんのに、全然目合わせやしねェ。ケッ、可愛くねェ女。
適当に話を終わらせ、ババアの店を出るまで、なまえとやらの瞳は俺を映すことはなかった。万事屋に戻ってからも、新八と神楽はなまえの話題に花を咲かせる。


「なまえさん、あれだけ美人で、料理上手で、引く手数多でしょうね」

「男に無愛想なのが玉に瑕アル」

「あんな可愛げのねェ女、ぜーんぜん興味ないですぅー」

「とかなんとか言って、銀さん鼻の下伸びてましたよ」

「伸びてませんんんー!!つーかお前らいつから飯食う仲になったワケ?銀さん、仲間外れですか、そーですか」

「最近は豆パン三昧だって話をしてたら、よかったら一緒に食べないかって、なまえさんが誘ってくれたんですよ」

「銀ちゃん、羨ましいアルか?」

「ぜェーんぜん羨ましくありませんんんーー!!これだからガキはよォ。餌付けされて喜んじまって、世話ねーなァ」

じゃ、寝るわ、と二人にヒラヒラ手を振り、俺は寝室に閉じこもった。ゴロゴロと布団の上をローリングしてみても、浮かぶのはさっきのなまえの顔。気が強そうなのに、どこか儚く見えて、掴み所がないように感じた。

今まで色んな女を見てきたし、遊んできたし、抱いてきた。でもあのなまえほどのいい女、見たことがねェ。
あんな笑顔みせられたら、たまんねェ。それなのに俺には向けてくれない。女は笑顔が一番だってのに。
しばらくゴロゴロと他のことを考えようと試みたが、無駄だった。何故だか、胸がチリチリと痛む。


「寝れねーし、ジャンプ買ってくるわ」


テレビを見ていた新八と神楽に声をかけると、ブーツを履いて万事屋を後にする。


「寝れないって、今夕方4時だし、今日は水曜日ですけどね」

「銀ちゃん、呆けてるアル」

なんて二人に笑われてるとも知らずに。




-------


特に当てもなくブラブラかぶき町を彷徨っていたが、気が付けば周りは暗くなっていて、酒の場に繰り出す輩で溢れていた。一杯引っ掛けてから帰ェるかー、おでん屋にしようか、いつもの大衆居酒屋にしようか。なんて考えながら歩いていると、前方に小さな人だかり。男の怒鳴るような声が聞こえる。巻き込まれたら面倒くせェ、黙って横を素通りしようとした俺の目に飛び込んできたのは、先ほどから頭を占領していたなまえ本人。バーさんにお使いでも頼まれたのか、大江戸スーパーのビニール袋を手に提げている。そんな彼女を囲む二人組の男。それが人だかりの中心にいた。


「ねーちゃん、俺がご馳走してやるっつってんだ、黙って付いてこいよ」

「……」

「おい、兄貴がこう言ってんだ!返事くらいしたらどうなんだ?あァ?」

「…この辺の地域じゃ天人だけでなく、野生のチンパンジーも立派に人間の言語をお使いになるんですね、感心致しますわ」


先程俺に放ったような冷たい口調で、冷たい目線で、ガラの悪ィ男共にそう言ってのけるなまえに、肝の座った女だなんて感心してしまう。顔を真っ赤にした男はなまえに大きく振り被る。


「女に手ェ出すなんざ、男の風上にも置けねェやつだなァ」


俺は迷わずその男の手を掴み、背負い投げをすると、そいつは簡単に伸びてしまった。もう一人の男も雄叫びを上げながら突進してきたが、ヒョイッと避けると地面に顔面スライディングをした。


「オイッ、行くぞ」

「はっ…?」


迷わず彼女の手を掴み、人だかりを逃げるように駆け出した。本当に何も考えずに、気が付けばそうしていた。後ろから、「ちょっと」とか「ねぇ」とか声が聞こえていたが、俺が漸く足を止めたのは随分人気が無くなってからだった。


「…ちょっと、何なんです!」

「いやー走った走った。お前なァ、せめて人選んで毒吐けよ。手上げられたら怪我すんぞ、あーゆうのは容赦ねェよ?」

「あなたに、関係のない話です!」

「関係ありますぅー」


眉を顰め、俺をキツく睨みつけるなまえは、思い出したように掴んでいた手をバッと離した。あー今のちょっと傷ついた、銀さん傷ついたからねー。


「お前さぁ、もーちっと愛想よくできねェの」

「無駄なことです」

「無駄ァ?」

「殿方は、外見や体つきでしか、私を見ようとはしない。そんな人たちに愛想を良くするなんて、至極無駄なこと」


なまえはキュッと口元を結び、地面に視線を落とした。彼女にそんな思いをさせるようなやつがいたのか。そう思うとまた謎のチリチリが、俺の心を襲う。


「なに、前の男に浮気でもされたとか?」

「はっ、な…!!」

「なんだよ、図星かよ」

「あ、あなたって人は…!」


顔を真っ赤にして口をパクパクさせるなまえに、俺はふっと笑みが零れる。それを見て、彼女は更に不満そうな顔を浮かべた。


「そーやってコロコロ表情変えられんだからよ、能面みてェなツラすんなよ」

「っ、あなたには、関係ないわ」

「俺を今までのヤローと一緒にすんじゃねーよ。初めて会ったばっかのやつに、そんな態度するやつがあるか」


なんて言ってみたものの、俺こそどうしたっつんだ。初めて会ったばかりの女の顔が一日頭から離れねェ。掴んでいた手が未だに熱い。何より、…この胸のチリチリとした痛みが収まらねェ。


「…なんなんです」

「あー?何にがだよ」

「突然現れて、人の心に土足でズカズカと…」

「あー?そーでもしねェとまともに話もしねェじゃねーか」


俺の言葉になまえは怪訝そうな顔でこちらを見る。この女のどんな表情も、見ていて飽きない。そう心の中で独りごちる。


「何でわざわざ私なんかとお話する必要があるんです」

「気になるからに決まってんだろ」

「…はっ?」


次の彼女の表情は鳩に豆鉄砲。そんな表情だった。そして見る見るその顔が赤く染まっていく。あーもう可愛い。何なのこの子、魔法使いなの?


「なん、…えっ、何でですか!初対面なのに気になるなんて、そんなおかしな話…」

「お前のこと、もっと知りてーの。好きな食べ物とか、好きな食べ物とか、…好きな食べ物とか?」


えらく真面目な顔で俺に問いかけてくるもんだから、思わず笑ってしまった。そんな俺を見てなまえはムッと頬を膨らませた。その顔を見たとき俺の心のつっかえが取れた気がした。…あ、なるほど、この胸のチリチリってまさか。


「…要するに、一目惚れ?」

「…はっ?」

「柄にもなく、一目惚れしちまったみてェだわ」

「…あ、あなたも顔なんじゃない!」


眉を吊り上げ俺を咎めるなまえ。本当によく表情が変わるやつ。そりゃ顔だってモロ好みだし、細くて白くて、あんなことやこんなこと…してェけど、ってそうじゃなくて。


「いや、その、付き合うとか、好きとかそーゆうのは置いといて、とにかく俺には普通に、さ。笑ってくんねェかな。」


やり場のない手が思わず、自身の後頭部の髪をガシガシと掻き毟る。…やべ、俺何言ってんの、ちょっと引いてない?固まってない?


「…あなた、変な人ね」


そう言うと、なまえは俺の横を通り過ぎようとする。…マジ?引いてる?完全に引いてるよね?ドン引きしてるよね?今のはゴメン、なかったことにしてなまえちゃァん!!!思わずその肩を掴むと、彼女は振り返った。


「ふ、」


えっ?見間違えじゃなけりゃ、いま、
笑った……?

月明かりに照らされ、僅かに目元を下げたなまえは、俺と目が合うとまたすぐに踵を返し歩き出す。…なんなのこの子。小悪魔でも閻魔大王でもねェ。とんでもねェ魔女だ、魔法使いだ。僅かな微笑みだけで、俺のハートは撃ち抜かれたような感覚に襲われる。いや、初めて見た時から俺は、なまえに恋しちまってたんだろーね、多分。最初からハート盗まれちまってたんだろーね。ル●ンみてーな女だね。


「…早く、帰りましょう」


そう呟いた彼女の声は、心なしか少し嬉しそうに聞こえた。


ポメラニアンの憂鬱
(…なァ、結婚して)
(嫌です)
(即答すんなよ)



-end-

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