▼ 泥だらけの猫と泣き虫の私 / 坂田銀時
「銀ちゃんが消えたアル」
しょんぼりとした神楽ちゃんと深刻そうな表情の新八くんを前に私は開いた口を塞ぐことができずにいた。話を聞くと依頼で受けた猫の捕獲中に忽然と姿を消したらしい銀ちゃん。最初こそ少しも心配していなかった二人も、この数日間一度も帰宅しない銀ちゃんにいい加減愛想が尽…じゃなくて心配になったみたい。そこで私に相談することになったそう。
「言われてみれば私もここ何日ずっと連絡きてないなぁ。またパチンコで全額スってどこかで臓器でも売ってるんじゃないのかな。むしろそうした方がいいよね、二人のためにも」
「なまえさん随分恐ろしいこと言ってますけどそれでも彼女なんですか」
「探したいのは山々なんだけど、私明日も仕事だしなぁ…。すぐ帰ってくると思うよ?」
「……もし浮気してたらどうするアルか」
「えっ!」
「どこぞの女の家に入り浸ってても許せるアルか」
「ちょ、神楽ちゃん!」
「………」
私は真剣な表情をする神楽ちゃんから離れて携帯を取り出し職場へ電話をかけた。店長にインフルエンザになったので休むと伝え、わざとらしく咳をしながら早々に電話を切り、またソファに腰を下ろした。
「なまえさん、インフルエンザだったんですか」
「うん、心の。今患ったところ。ところで二人とも、銀ちゃんがどこいったか全然検討もつかないの?」
・・・・・・
「銀ちゃーん?」
銀ちゃんが消えたと思われる神社に足を運んだ私はいないとは思っているものの、その名を呼ばずにはいられなかった。…女の家に入り浸ってるなんて、そんなことあるわけない。あの銀ちゃんが、浮気なんて。その疑惑を払拭するためには、銀ちゃんを見つけ出す他ない。結構広い神社をくまなく探しているうちに、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。もう一度行方知れずの彼氏の名前を呼んだところで、ふと何かに見られているような感覚が私を襲った。
「……銀ちゃん?」
辺りを見回しても人の気配はない。…気のせいか。私は神社を後にしようと踵を返すと足元になにか白いものが見えた。
「ナウ」
低い声で自分の居場所を伝えるようにそう鳴いたのは、ふわふわ?もこもこ?の白い猫。ところどころ泥が付いていて、とても飼い猫と思えないその猫がウルウルとした瞳で私を見つめている。
「ごめんね、私何も持ってないの」
「…ナウゥー!」
ガバッと私に飛びついてきたその猫を思わず抱きかかえると、何だか温かい気持ちになった。その色といい、ふわふわとした毛感触といい。…何か、銀ちゃんみたい。私の顔をペロペロと舐めるその猫を見捨てることができずに、私はその猫を抱えたまま自宅へと向かった。
「ねぇ、君はなんて名前なの」
「ナウ」
「アハハ、ごめんね、喋れないよね。じゃあ私が名前決めてもいい?」
「ナウゥ!」
私の腕の中で気持ちよさそうな顔で抱かれるその猫に、私は町中というのも忘れ一人で話しかけ続けた。あんまり可愛い顔はしてないけど、ブサカワイイというか、何というか。不思議な気持ちになってしまうのはこの毛感触のせいなのだろうか。
「じゃあね〜、タマ!」
「ナウー!ナウーーー!!」
「タマは嫌?ちょっとありきたりすぎる?」
「ナウッ!」
「じゃあ、……ギンちゃんは?私の彼氏の毛感触にそっくりなの。銀ちゃんは漢字だから、君はカタカナね」
「……」
「あ、今度は嫌じゃない?じゃあギンちゃんね、決まりね!」
「……ナゥ」
銀ちゃん探しをしていたはずの私はすっかりギンちゃんに首ったけになってしまっていた。自宅についた私の腕からギンちゃんは飛び降りて、勢いよく畳まれた布団の上に飛び込んだ。
「ナー!ナウー!」
「あ、ギンちゃん!ダメ、お風呂はいってから!君泥だらけなんだから!…もう、そういうとこまで銀ちゃんにそっくりだね」
「…ナウ」
お風呂場でギンちゃんの汚れを綺麗にしてあげて、お皿に牛乳を出してあげればぷいっと顔を逸すギンちゃんに私は困惑してしまった。だって、猫ってミルク好きなんじゃないの!?
「ギンちゃん、君が飲めるのこれくらいしかないよ」
「ナウ……」
「あとは銀ちゃんのイチゴ牛乳が…」
「ナォ!ナーォ!!!」
「えっ、イチゴ牛乳?イチゴ牛乳飲みたいの?」
イチゴ牛乳の単語を出した途端にあからさまに喜んで見せるギンちゃんに、私は思わず笑みがこぼれた。見た目だけじゃなくって、本当に中身までそっくり。まるで銀ちゃんが猫になったみたい。お皿にイチゴ牛乳を入れてあげればすぐにギンちゃんはそれを飲み干した。
「…銀ちゃん、どこいっちゃったんだろう」
「ナウ」
「あ、ギンちゃんじゃないよ。私の彼氏の方の銀ちゃん。…今行方不明なの」
「……」
台所に座り込んだ私は、何となく銀ちゃんに似たギンちゃんに話を聞いて欲しくなってしまった。少しだけ弱音を吐きたくなってしまった。半日がかりで探してみたものの、銀ちゃんはおろか情報すら手に入れることはできなかった。…まさか臓器を売りにいっているわけもなし、本当に他の女の人のところに行ってしまったのだろうか。
「……私、最近仕事忙しくて、全然銀ちゃんに連絡もしてなかったの」
「…」
「だから、もしかしたら銀ちゃん、私のこと好きじゃなくなっちゃったのかもしれない」
「……」
「私より、いい人が見つかっちゃったのかも…」
言葉にしていくうちに、どんどんと瞳に涙が溜まって頬を伝い落ちた。今まで一緒にいたけれど、こんなことは一度もなかった。誰にも行き先も告げずにいなくなってしまうなんてこと、一度も。だからそう思わざるを得ないのだ。神楽ちゃんが言っていたように、他の女の人のところへ行ってしまったのかもしれない。私が嫌になってしまったのかもしれない。ボロボロとこぼれ落ちる涙を拭っても、止まってくれそうにない。
「…銀ちゃんに、会いたいよぉ…」
そんな言葉を呟けば、ギンちゃんがゆっくりと私の足元に近寄ってすりすりと頭を擦り付けてくる。時折少しだけ悲しげな顔をして私を見上げたり、私の足をペロペロと舐めたり。まるで、…。
「ギンちゃん、慰めてくれてるの…?」
「ナウ!」
「そっか…ありがとね。ごめんね、今日会ったばっかりなのに愚痴っちゃって」
「ナウゥ」
私は涙を拭ってギンちゃんを抱き上げて、畳まれた布団を敷いた。そこにギンちゃんを下ろしてあげてその隣に寝転がった私はギンちゃんの頭を優しく撫でた。
「もう寝よっか。…明日も銀ちゃん探すから、ギンちゃんも一緒についてきてくれる?」
「……」
返事のないギンちゃんを胸元に抱き寄せて、明日こそ銀ちゃんが帰ってきますようにと願いながら眠りについた。
夜中に私の腕をすり抜けて、開いた窓から出て行ってしまったギンちゃんに気付かないふりをして。
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「…銀ちゃんも、ギンちゃんもいなくなっちゃった」
そんなことを呟きながら、私の足はある場所へと向かっていた。ギンちゃんは野良猫だから、と言い聞かせても、最後にお別れくらいちゃんと言いたい。話を聞いてくれてありがとうと言いたい。そう思ったら、この足を止めることができなかった。
昨日訪れた神社の鳥居をくぐり、境内に向かいながら私は辺りを見渡した。
「ギンちゃんー?…ギンちゃーん?」
沢山の野良猫がいる中、真っ白のふわふわな毛並みを探してみても見当たらない。何でみんな何も言わずにいなくなっちゃうんだろう。さよならも言わずに、私の前から消えてしまうんだろう。そんなの、あんまりじゃないか。
「……銀ちゃんの、バカ。ギンちゃんの、バカ…」
地面に視線を落とせば、また歪んでくる視界。何だか世界で一人ぼっちになってしまったような感覚に、涙が止まらない。ひくっと嗚咽が漏れた。
「お嬢さん、悪いんだけど今晩止めてくんねェ?」
突然聞こえてきた言葉に、私はパッと顔を上げた。歪んだ世界に見えた、一人の白いふわふわ頭。その人物を認識するなり、私は驚いて声も出せずに立ち竦んでしまった。
「風呂も借りてーし、イチゴ牛乳も飲みてーんだけど」
「…銀、ちゃん…?」
「銀ちゃん?違うね、俺の名前は…」
銀ちゃんを見つめたまま涙を止めることができない私に近寄るなり、ぎゅっとその腕に抱かれた。耳元で「ギンちゃん、だろ?ご主人様」と囁かれれば、私は堪えきれずにその大きな背中に腕を回し声を上げて泣いた。
何で猫になっちゃったの、とか、ブサイクな顔の猫だったね、とか言いたいことはたくさんあったのに言葉にならない代わりにとめどなく涙が溢れ出した。
「俺がなまえのこと嫌いになるなんてこと、あると思う?絶対ありえねェから、猫缶100個賭けてもいいぜ」
「…私は猫缶、食べないもん…っ」
「俺だって食わねーよ」
腕を緩めて私の顔を覗き込んだ銀ちゃんの優しい笑顔に胸がいっぱいになって、その瞳を見つめ返した。
「二回も勝手にいなくなって、一人にして悪かった。…ただいま」
ちゅっと私の額にキスを落とした銀ちゃんをもう一度強く抱きしめて、その胸元に顔を埋めた。銀ちゃん、銀ちゃん、銀ちゃん。…会いたかった。
「銀ちゃん、…それにギンちゃん、おかえりなさい」
泥だらけの猫と泣き虫の私
(心配かけたバツとして今日から一週間猫缶生活ね)
(…そりゃないよなまえチャン)
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